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水面 光さん

■ホームページ「水面文庫」 http://www.minamo-bunko.com/ 忙しい中でも身を粉にして執筆活動しております。ジャンルとしては現代ファンタジーが中心でございます。よろしくどうぞー

性別 男性
将来の夢 物書きでメシを食う
座右の銘 人の心は変わらないから自分が変われ

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抗った証

16/11/08 コンテスト(テーマ):第122回 時空モノガタリ文学賞 【 美術館 】 コメント:0件 水面 光 閲覧数:788

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「えっ、なんで笑うんですか?」──自分には生きる意味も価値もないと思っている老いた男がやっとかけがえのない希望を見い出しかけたその矢先に、若い女からこの敵意あるフレーズを1万回リピートで聴かされたとしたら、どうなると思う? 少なくとも、面白くて、楽しくて、笑ったんじゃないよ、お嬢さん。あえて言えば、「自嘲」だよ。もしもそれを心底理解していてそう言ったのなら、「私ゼッタイ嫌われたわ」とか微塵も思っちゃいないのだろう? そうとも、君はそんなタマじゃない。思い出せよオッサン、人生そんなことばかりじゃなかったはずだ。近所のおばさんに、「あら、これからお出かけ?」と訊かれたから、「はい、出勤です」と答えたら、「頑張って」と言われたじゃないか。もちろん、それだけじゃない。出稼ぎにはるばる遠い国までやって来たらしい東南アジア系の若いあんちゃんに道すがらはっきりした日本語で「こんばんは!」と言われたから、こっちのほうがおぼつかない日本語で「こんばんは」と返したこともあったじゃないか。スーパーでトートバッグに詰めているとき店員さんとかなりのマシンガントークしている隣のおばちゃんが、「ごめんなさいね、やかましくて」と私に声をかけてきたので、「やかましいほうがいいんですよ」と言ったところ、矛先が私になり、いろいろな世間話を出入り口で延々した後、笑顔で帰路についたこともあったじゃないか。思い出せよオッサン、まだまだある。こっちゃあ無駄に歳を食ったワケじゃないんだ。絶対に思い出せよオッサン。すこぶる良いことをな。そうすりゃあ自ずと道はひらけてくるもんよ。もしもいっとき暗い気持ちになったなら、それは本当に一時的なものでしかない。常に前を向いていろ。あんなことを言われたくらいでへこたれていてはいけない。一晩寝て、風呂に入り、ヒゲを剃って、心をまっすぐにするんだ。鼻毛も剃れよ。あと歯磨きもしたほうがいいな。マウスウォッシュだけじゃ歯垢などの汚れが取れんと歯医者さんに言われただろう? いつの間にお前は歳を取ったオッサン? まだ若いつもりでいるんだろう? あっちのほうはからっきしだが。その調子でいいんだぜオッサン。心が若けりゃいい。容貌は老けたが心さえ若けりゃまだなんだってできる。頑張れよオッサン。──私は独り瞑想していたのか、タリーズコーヒーの大テーブルを前にトレーと少し残ったショートの本日のコーヒーとチーズケーキの残骸、それから某有名小説の単行本の表紙を下にして閉じていて、たぶん学生さんだと思うがテーブルの上に諸々の品をひろげて、自分の世界に没頭している若人に囲まれて、座っていることを認識した。夜もう閉店時間間際のことだった。今読んだ小説の悪い点をあげつらう気は微塵もないが、私には何も響かなかったし、何も残らなかった。「あの帽子の人カッコイイ」「ぷっ、絶対ハゲだろ」──いや諸君、ハゲているから帽子をかぶっているに決まっているではないか。なぜ絶対ハゲだろとわざわざ言うのだ? そんなにオッサンを貶めたいのか? わからんでもないがそのフレーズは田舎モンの証だぞ? 仕方ないな、ここは田舎だから。だが、いちいち帽子をかぶっている人を嘲笑っていて、自分が卑しく思われないか? 私はそういうひそひそ声が聞こえたら、まず間違いなく、「このクソアマ!」ともう一つ極めて卑しい言葉を頭の中で唱えるのだが、そのたびに自己嫌悪するんだぜ? あんたら微塵もそう思わんのだろ? 賢明とは言えないな。第一、他人をそしることはこの世界で一番卑しいことの一つだ。まあ、私はあんたらに説教する気はまったくない。とっても無駄なことだからだ。他人の心を変えることは絶対にできない。自分が変わるしかない。ただ、そんな至極簡単なことすら、解っていない連中を見ると暗鬱な気分にはなるがね。解っていないハズがないあのクソアマに「えっ、どうして笑うんですか?」という滑稽極まりない言葉を投げかけられ、あれっ? もしかしてあの簡単な法則を知らないの? って、思っちゃった。ま、仕事をストイックにやりたい気持ちもわからんでもない。とくに女性はその傾向があるらしいが、ま、なんだな、私は楽しんで仕事をやりたい派なので、あなたとは永遠に馬が合わないと思うよ。どのみち馬が合ったところで進展は確実にない。シルバー人材センターって知ってるか? 父方の実家の田んぼの草刈りを頼んだよ。1時間1000円だとよ。さっさと済ませろよ? なんでこの話を出したか? ご賢察の通り、世の中すべてカネなんだよ。愛なんて微塵もない。良心と善意も「仕事だから」だ。そのくそつまらん世界を形作っているのがあんたら自身なんだぜ? あのクソアマなんだぜ? もちろん私もその一員だが、真っ向から抗ってやるからな! 抗った証──それが美しいと賛美され得るものではないか。


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