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KOUICHI YOSHIOKAさん

性別 男性
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【あまりにもありふれた捨てゼリフ】

16/11/07 コンテスト(テーマ):第121回 時空モノガタリ文学賞 【 捨てゼリフ 】 コメント:0件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:719

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 救急急患センターの待合室には十数組の患者と付添人がいた。
 休日の深夜、一般の病院は開いていない。急に体調をくずした人達がここには集まってきていた。ここは内科と小児科が一緒になっている。多くの大人は付添できていた。夜になって体調をくずした子供、特に赤ん坊から幼児の数が多かった。
 親は心配そうに子供の肩を抱いたり、顔を覗きこみながら話しかけたりしている。子供はぐったりとして椅子に横たわったり、俯いて咳をしたりしている。体調をくずして一人で来た大人はマスクで顔を隠しながらも、姿勢よく座っている。
 看護師はてきぱきと動き回り、院内アナウンスは乾いた声で患者の番号を呼んでいた。
「3番の方、小児科1番の診察室にお入りください」
 五歳くらいの子供を背負った母親が立ち上がり診察室へと入っていく。幾人かの親の目がその母親の背中に注がれる。早く自分の子供の順番にならないかと言っているようだ。
 この日、私は一人で来ていた。夕方から熱が出始め、夜の十時を過ぎたころには熱が三十八度まであがっていた。
明日は日曜日、一般の病院は閉まっていた。ただの風邪とは思ったが、この救急急患センターのすぐそばに住んでいたので、つい気楽に利用させてもらったのだった。本当は急患以外利用してはいけないのだが…。
「すぐによくなるからね」
 子供の腋の下から取り出した体温計を見ながら、私のすぐ前に座っている母親が言った。
母親の隣で父親は手持ちぶさそうに絵本をめくっていた。
「おい、いい大人が絵本なんか読んでるのかよう」
 いつの間にか鼻の頭を真っ赤にした酔っ払いが立っていた。ごま頭に白い無精ひげを生やしている。かなり年配の男だった。
 父親は絵本を閉じると酔っ払いを睨み付けたが何も言わなかった。
酔っ払いは鼻で笑うと、ふらふらしながら受付窓口まで行った。
「先生、酔っ払って死にそうだ。すぐに治してくれよう」
 受付台を叩くと大声を出して医者を呼んだ。奥で仕事をしていた若い看護師が慌てて出てきて、酔っ払いを間近で見ると息を飲むような悲鳴をあげた。
「びょ、病気以外の方は診れません」
「飲み過ぎて死にそうなんだよう。頭がくらくらするんだよう。俺、死んじゃうよう」
「元気そうじゃないですか。寝たら酔いは覚めますから」
 ああ、と唸ると酔っ払いは壁を叩いた。壁に掛けられていた木版画が床に落ちた。
「皆さん、この病院は病人を見殺しにする病院です。皆さん、死にたいですか。いいえ、死にたくなんてないでしょう。なら俺と一緒に抗議しましょう。病人を見捨てるなと」
 振り返った酔っ払いはわざとらしく丁寧に話すと、拳をあげて「病人を見捨てるなあ」と、何度も半笑いで叫んだ。
 言うまでもなく誰も酔っ払いに同調するものなどいなかった。母親たちは子供を抱き、数少ない父親たちは母親と子供を自分の背中で隠した。
 酔っ払いは悪ふざけで言っただけだったが、あまりに周りが避けるものだから面白くないみたいだった。
「お、綺麗なお姉ちゃんがいるぞ」
 なんと酔っ払いは私に近づいてきた。
誰も私を助けようとはしない。それはそうだろう。病人が他人を気遣う余裕なんてないだろうし、付添人は病人を守ることで手一杯に違いない。
「わたし病気なんです。熱があるんです」
「知ってるよ。病気だからここにきているんだろ。俺も酔っ払い病だ」
 私が立ち上がると、酔っ払いは両手をひろげて前をふさいだ。息が酒臭い。
 酔っ払いの手が私の肩をつかもうとした瞬間、思わず手が出てしまった。私は酔っ払いの頬にビンタをしてしまったのだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
 怒り狂った酔っ払いの拳が握られたその時、看護師が走ってきて酔っ払いの腕をおさえた。六十歳位の背の高いベテラン看護師だった。
「あんたね、ここは病気の人が来るところだよ。暴れる元気のある人は帰っておくれ。さあ、さあ、出口はあちらだよ」
 かなり力が強いのだろう。酔っ払いはもがいたが、看護師に抑えられた腕はびくともしなかった。
酔っ払いはあっという間に後ろから両肩をつかまれ、救急急患センターの出口まで連れていかれた。
看護師の勢いに飲まれたのか酔っ払いは抵抗はおろか言い返すこともできなかったが、ドアから外に押し出される間際絞り出すように吠えた。
「お、覚えてろよ。こんな病院訴えてやるからな!」
 看護師を含め、待合室にいた付添人の誰もが笑いを堪えるのに精一杯だった。あまりにもありふれた捨て台詞、予想通りの言葉だったからだ。
 酔っ払いが去ると、待合室はすぐに静けさに包まれた。咳とときどき幼子が泣く声だけが白い椅子の底に響いた。
「4番の方、内科2番の診察室にお入りください」
 何事もなかったかのように看護師は次の患者を呼んだ。次の次が私の番だった。


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