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この世界

16/11/05 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:0件 OSM 閲覧数:520

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 薫風が純白のカーテンを揺らしている。机に刻み付けられた毒々しいメッセージの数々に、私一人が途方に暮れている。眼差しが、笑い声が、痛い。震える手が花瓶に接触し、机から墜落した。
 破砕音。爆笑。嘔吐感。

+ + +

 プラットフォームの白線の上で立ち尽くしていた。
「跳べよ。ほら、早く」
「なにビビッてんだよ。情けねーな」
「さっさとやれよ、バーカ」
 それでも白線の上で立ち尽くしていた。いつまでも、いつまでも立ち尽くしていた。

+ + +

「どうして部屋から出ないのよ、■■は!」
 とうとう扉がこじ開けられた。母親は猛然と私に駆け寄ると、両手で私の首を絞め始めた。鬼の形相。それなのに涙が頬を伝っている。
「ママが嫌いなの? ■■は、そんなにママのことが嫌いなの? 黙っていないで、なんとか言いなさいよ! この親不孝者親不孝者親不孝者――」
 息苦しさの絶頂、意識を失う一歩手前で、食い込んでいた十指が外れた。咳き込めるだけ咳き込み、顔を上げると、母親は大口を開けて笑っていた。泣きながら笑っていた。実に一か月ぶりに見た母親の笑い顔だった。

+ + +

「消えてなくなればいい」
 眠りが遠い午前二時、闇に溶け込んだ天井を凝視しながら呟く。
「なにもかも、消えてなくなってしまえばいい」
『じゃあ、お前が手本を見せてくれよ』
 思わず息を呑んだ。聞き覚えのない、笑いを堪えているような声。周囲を見回したが、誰もいない。
『お前ほど、その役割が適任な人間はいない。なぜなら、この世界にとってお前は――』

+ + +

 そうだね。
 君の言う通りだね。君の言うことは正しい、と、私は、思います。
 ……でも。
 怖いよ。怖いんだよ。

+ + +

『人間は一回しか死ない』
 長編小説の一ページにその一文を見つけた瞬間、溜め込んでいたものが双眸から溢れ出した。
「人間は一回しか死なない。人間は一回しか死なない……」

+ + +

 流れる、流れる、紅が流れる。
 視界が、意識が、次第に薄れてゆく。
 願わくは、このまま……。

+ + +

 瞼を開くと、世界はまだそこにあった。
 どこからか笑い声が聞こえてきた。
 両手で耳を防いだ。
 それでも笑い声は止まなかった。

+ + +

『大人になると完治は困難なので、早期の発見と治療が大切になります』
 父親の書斎から持ち出した、人を殺せそうなくらい分厚い百科事典。今朝、精神科医に告げられた病名を引くと、そう書いてあった。
 私はつい先日、人を殺せば実名で報道される年齢になったばかりだった。

+ + +

 ……嗚呼。

+ + +

いやだいやだおくすりのみたくないよもうのみたくないだってのんでもわらいごえがやまないなんでなのとてもたくさんのひとがおおきなこえでわたしをわらうなんでなのねえなんでおしえてなんでわたしわらわれなきゃいけないのいやだいやだたすけてくださいおねがいしますこのままだとわたしこわれちゃう

+ + +

 私は本日をもって、この世界から消えることにしました。
 なぜなら、私がこの世界から消えても、誰も困らないからです。
 この手紙を読んでくれた人へ。
 私はこの世界が大嫌いだけど、あなたのことは大好きです。
 ありがとう。さようなら。

+ + +

 真っ暗闇。
 仰向けに横たわっている私。
 虚空に浮かんでいる私。
 私は私を見上げている。
 私は私を見下ろしている。
「笑い声、聞こえる?」
 仰向けに横たわる私が尋ねた。
「聞こえるよ。まだ聞こえる」
 虚空に浮かぶ私が答えた。
「じゃあ、やめよう」
 私を見上げる私がさばさばした口調で言う。
「嫌だけど、仕方がない。やめよう、やめよう」
 私を見下ろす私は寂しげに微笑んで頷いた。

+ + +

 長い眠りから覚めると、視界いっぱいに闇が広がった。
 耳の奥で笑い声が響いている。
 双眸から雫がこぼれ落ちた。
 笑い声が大きくなった。
 瞼を閉じる。
 息を深く吸い込み、長く吐き出す。
 瞼を開く。
 夜が明けたら、出会う全ての人に微笑みかけよう、と思った。
 嫌だけど、仕方がない。
 いつかは慣れる。
 私にだって、いつかきっと、この世界を好きになれる日が来る。


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