1. トップページ
  2. 寡婦とヒーロー

秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

3

寡婦とヒーロー

16/11/02 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:4件 秋 ひのこ 閲覧数:1182

時空モノガタリからの選評

不思議な魅力がある作品ですね。読み進めるうちに‘正義’と‘悪’の境界が曖昧になり、凝り固まった頭の中がほぐされていくような不思議な感覚を覚えます。秋さんの今回のもう一つの入賞作「主人が呼ぶので」にも言えることなのですが、テーマの扱い方や肩の力の抜けた文章に個性があり、これまでの投稿作の中でも異色の作品だと思います。『ヒーロー』の描きかたも面白いですね。義母と「私」との風変わりな生活風景との対比によって、戯画化してしまうようなアプローチの仕方がユニークだと思います。『ヒーロー』に救われる人間もいれば、それに殺される人間や、それに憤慨する義母のような人間もいるし、「どう捉えて良いのかよくわからない」という主人公のような人間もいるという事実。「平和」をもたらすはずの『ヒーロー』も立場が変われば「人殺し」となってしまうこともある。現実の善悪はコマーシャルのようにラベルを貼ってお終いという単純なものではないのでしょう。どこかゆるりとした雰囲気の文章の中にも、ピリッとした風刺がスパイスのように聞いていて、深みがありました。最初と最後の終わりかたもリズムがあっていいですね。

時空モノガタリK

この作品を評価する

 また、地を揺るがす音と共に、食器棚が小刻みに揺れた。
 音はうんと遠い。多分、山のずっと向こうだろう。ネリ子はちらりと窓の外をみやり、再び手元の刺繍に戻る。
 1日中つけっ放しのテレビが、緊急速報のお知らせ音を発する。ニュースに切り替わらず字幕で済ませる程度なら、たいしたことはない。ネリ子は黄色い糸で細かく花を縫っていく。
<『怪獣』が東京湾沖100kmに出没。『ヒーロー』が応戦中。津波・落下物に注意>
 テレビまでカタカタ揺れている。
 刺繍に集中しようとするが、気が逸れてしまった。溜息をつき、隣の畳に上がる。仏壇を買う余裕がなく、小さな座卓に白布をかけただけの急ごしらえの祭壇に擦り寄る。今朝あげた線香を捨て、1本新しいものを立てた。
 遺影に手を合わせかけた時、背後で物音がした。
「また来たみたいだね」
「お義母さん」
「まったく、生きてる心地がしないねえ」
 片足を引きずりながら、齢70の義母が苦労して隣に腰をおろす。ネリ子が慌てて手を貸すと、「ちょっと、触らないでよ」と振り払われた。
 義母はふう、と黄色く色がついてそうな息を吐き、萎んだ風船のような顔でぼんやり写真を見つめる。
 1枚は、義父。もう1枚はネリ子の夫であり、義母の息子。最後の1枚はネリ子の小学生の息子。
 3人とも、ひとり、またひとりと『ヒーロー』に殺された。――少なくとも、義母はそう表現する。

 『怪獣』が世界各地を襲う昨今、その犠牲者は計り知れないが、何も『怪獣』に直接喰われたり殺されたりする者ばかりではない。ネリ子の家族は、たまたま『怪獣』ではなく『ヒーロー』の犠牲となった。義父は光線の一部に腹を割かれ、夫ははるか彼方から吹っ飛ばされてきた『ヒーロー』の下敷きとなり、息子は『ヒーロー』が腕を大きく振ったことで巻き起こった風に吹き飛ばされて建物に激突したのだった。
 義母は『ヒーロー』を憎んでいるが、ネリ子は正直、どう捉えて良いのかよくわからない。
 世間では『ヒーロー』の犠牲者の声はあまり聞かない。禁忌のような雰囲気がある。『ヒーロー』に家族を踏み潰された者も、『怪獣』にやられたのだと話を摩り替えているという話も聞く。
 右へ倣えの日本人の『ヒーロー』信仰に唯一がむしゃらに対抗しているのが義母だった。
「お義母さん、晩ごはん、何か食べたいものありますか」
 ネリ子はそろそろ買い物に行く時間だと時計を見ながら尋ねた。
「毎回毎回聞かないでよ。どうせ食べられやしないんだから」
「手に入るものの中で、という意味です」
「わかってるよそんなこと。食べたいものを食べられないのがわかってて質問してくるなんて、ほんとネリ子さんは厭味だね」
 義母の毒舌を無言でかわす。
 義母の好物の刺身も、魚貝も、最近では野菜や肉まで手に入り辛くなった。
「あああ、カツオのたたきが食べたい食べたい食べたいなああ」
 義母が大声であてつけのように喚き、だだをこねるように畳を両手でバンバン叩いた。義母は日に日に幼児化していく。

 夕食は、あんかけ豆腐ときゅうりの浅漬け、ごはんに味噌汁を出した。義母はいきなりごはんに味噌汁をかけ、不快な音を立てて啜り始める。
 また、床が小刻みに揺れた。
「まだやってる。一体何時間やれば気が済むのかねえ」
「『ヒーロー』は3時間くらいで充電が切れるらしいですから。一旦引き返してバッテリー交換とかあるんじゃないですかね」
「あたし、手紙を書こうと思って。ひとの税金を無駄に使うなって言ってやろうと思って」
「お役所にですか」
「お国にだよ」
「『ヒーロー』が無駄使いだって苦情を送るんですか」
「違うよ。なんかもっとこう、節電とか、エコとか、あるじゃない。テレビもクーラーも省エネモードがあるんだから、『ヒーロー』もそういう風に金も時間も節約しろって教えてやるんだよ」
 省エネモードで戦闘。まあ、それもいいかもしれない、21世紀だし、とネリ子は思った。
 『ヒーロー』批判は義母の生きがいだ。義母が度々書くその手紙のお陰で当局から目をつけられ、行動範囲を制限され、好きな刺身も満足に買いに行けないことを、今の義母には理解できない。近所から白い目で見られても大袈裟に『ヒーロー』の物真似をしてみせ、何故かエリ子をネリ子と信じる義母。結婚当初から大嫌いな義母。
 村八分状態の寡婦ふたりの生活はネリ子にとってはいい迷惑だが、かといってこの不安定なご時世のこと、法的に縁を切り「独り立ち」するという気力も気概もないのだった。
<平和維持活動にご協力、ありがとうございます>
 最近よくみる政府広報のコマーシャルがテレビで流れる。2頭身のアニメ風『ヒーロー』がぴょこんと頭を下げる。
「ふん、人殺しが」
 義母が手掴みで浅漬けを頬張りながら、毒づいた。


(終)


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

16/11/08 そらの珊瑚

秋 ひのこさん、拝読しました。

確かに、闘いの最中にヒーローの下敷きになったとしても
悪である怪獣のせいだとして疑問を持たないですね。
家族はヒーローに殺されたと堂々と言えるお義母さんはすごい人かも。
面白いのに、なんだか深い。
この作品もすごい作品だと思いました。

16/11/11 秋 ひのこ

そらの珊瑚さま

こちらにもコメントをありがとうございます!
返信が遅くなってしまい、申し訳ありません。

ここ数年ハリウッドのアメコミ映画をよく観るのですが、それはそれはド派手に周囲を破壊して闘いが繰り広げられるのです。
別にその内容に水を差すつもりはないですし、好きなのですが、頭のどこかでいつも「ああ、わたしならきっとあの破片に当たって死ぬ......」などと思ったりするところから、この話を書きました。
イメージは「アベンジャーズ」と「ウルトラマン」です(笑)。

コメント、嬉しかったです。ありがとうございます。

16/12/04 光石七

拝読しました。
大人になってから特撮ヒーローを見ると「ヒーローも街を壊してるじゃん」と突っ込みたくなりますが、実際にヒーローのせいで命が失われたら笑えないですね。
作中の思想管理社会も、戦時中をほうふつとさせると同時に、妙に身近に迫っているようにも感じられ、不気味な怖さがあります。
非常に面白く、深いお話だと思いました。

16/12/05 秋 ひのこ

光石七様

こんにちは。丁重な感想をありがとうございました。
仰るとおり、「ヒーロー信仰」な社会の空気は戦時中の日本をふまえて、わたしたちは再びこんな風になってしまうのでは、と思いながら書きました。

こちらはテーマが「平和」でしたので、「ヒーローに守られて平和な社会」の隅っこ、皆が見て見ぬふりをしていそうな部分を描くことを目指しました。

コメント、ありがとうございました。嬉しかったです。

ログイン