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佐川恭一さん

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性別 男性
将来の夢 ノーベル文学賞受賞
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悪の檻

16/11/01 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:2件 佐川恭一 閲覧数:1458

時空モノガタリからの選評

「平和」の問題に正面から取り組み、考えさせられる内容が満載でした。タクシーの運転手とのやりとりや、家庭という具体的な事例を通して平和のテーマへ導かれていくので、抽象的になりがちな問題を身近なものとして感じられますね。「人間は平和なんか望んじゃいない」という運転手の指摘は一理あるように感じます。一度たりとも本当に平和だったことなど、歴史的にないのですから。何不自由ない人生を送っている主人公のような人間ですら、かすかな破壊願望を隠し持っているものなのかもしれませんね。この件には人間の奥深い闇を感じます。生物の本質として、何もない平和よりも変化や刺激を求めてしまうところがあるのかもしれません。「平和」から「物語」へとつながる展開も興味深いですね。「完全な平和の中に物語はなく、そこでは個人が溶解する」という一文が示唆的です。確かに「物語」は結末がハッピーエンドだとしても紆余曲折があってはじめてそれは成立するものです。何も起こらない「平和」よりも刺激を好むのが人間であるとするなら、この世から「物語」は決して無くならないのでしょう。平和を求めながら、いかに「物語」を活用するかというのは、小説に関わる人間にとっては大きな問題なのかもしれません。

時空モノガタリK

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《安全運転を心がけます》。そう書かれたプレートが暗い車内で白く光っている。ラジオのニュースが小さなボリュームで流れている。タクシードライバーの名はイシザキといった。目的地を告げた後、僕は気まずさとは遠く離れた沈黙の中で、窓から夜の街並みを心地良く眺めていたのだが、イシザキのかすれた声がそれを切り裂いた。
「お客さん、こんなに遅くまでお仕事ですか」
「ええ、まあ」
 おしゃべりなタクシードライバーは好きじゃない。一度しか会わない、興味をもつ必要もない相手に、沈黙を埋めるためだけの質問を投げかける作業は、するのもされるのも苦痛だと感じる。
「ねえ、そんなに一生懸命働いて、自分は一体何やってんだって思いませんか」
「そりゃあ、働かずに済むならそうしたいですけどね」
「別に、働きたくないなら働かなければいいんですよ」
「いやいや、そうもいかないでしょう」
「いいえ、あなたがそうして働いているということは、あなたは働きたいんですよ」
 働きたいと積極的に思ったことはない。僕には妻と二歳の娘がいる。家族を養うために働いているわけで、それ以上の理由はない。仕事にやりがいを感じているわけでもなければ、出世欲もない。明日宝くじでも大きく当たれば、即座に退職するだろう。
「いま、あなたがしていることはすべて、あなたがやりたいと思っていることなんですよ」
「ちょっと、よくわかりませんね。やりたくないことを、必要に迫られてやっている人もたくさんいるんじゃないですか?」
「いいえ、人間はつねに『やらない自由』をもっていますから。何もやらなくったって生きていけます。覚悟さえ決めればね」
 僕は会話を続ける気にならなかった。ラジオが昼に起きた不可解な無差別殺人の概要を伝え、遠い地での空襲の犠牲者数を伝える。
「物騒な世の中ですよねえ」
「そうですね」
「お客さん、平和っていうのは、決して実現しませんよね。誰もが願っているようであるのに、世界平和というのはまったく実現されない。なぜだと思います?」
「さあ。それはどうしても、いざこざがなくならないからじゃないですか」
「そう、つまり、人間は平和なんか望んじゃいないんです。敵と味方を分け、もって生まれた感情を爆発させ、退屈をしのぐ事件を欲する。そういうものなんですよ。誰も平和なんか好きじゃない。平等なんかくそくらえ。差別ほど楽しいものはない。人間っていうのは、基本的にそういう醜い生き物なんですよ。表面をいくら取り繕ったって、隠せやしない。平和じゃない世界を、人間が望んでいるんです」
「そうですかね」
 僕の家が近付いてくる。2LDKの手狭なマンション。だが、特に生活に不満はない。妻とは恋人の頃から変わらず仲が良いし、ケンカ一つしない。授かるまでに時間が少しかかったが、やっとできた娘は天使のようにかわいい。他に何を望めるだろう。
「たぶん、あなたはうまくいっている人ですね」
 イシザキの声が急に尖り、僕はぞっとした。僕の気のない返事が良くなかったのかもしれない。うっとうしいと思っていたのが声に出てしまったかもしれない。こちらが金を払うのだという意識が、タクシードライバーの感情を軽視させた。
「うまくなんていってないですよ、何も。人生失敗ばかりです」
 あはは、と笑ってみたが、イシザキは刺々しさを失わず、つられて笑うことも、フォローを入れることもしない。あと少しで家だ。
「うまくいっている人が転落する。高い所から落ちる。そのときの位置エネルギーで、発電でもできれば面白いんですがね」
「そこを左に曲がったところで停めてください」
 僕は少し遠いところで降りることにした。気味が悪かったからだ。
「3840円ですが、いろいろ聞いてもらったんで、3500円でいいですよ」
 振り返ったイシザキはおだやかな笑顔でいった。支払いを済ませ家に帰ると、妻がテレビをみながら「おかえりー」といい、娘は眠っている。
 僕はスーツを脱ぎながら、ラジオで聞いた無差別殺人のニュースを思い出していた。仕事に行っている間に、妻や娘が何者かに殺されたとしたなら? それはほとんどありえないことだが、確率的にはゼロではない。完全な平和が訪れないかぎり、必ずそれに当たる人がいるのだ。僕は今の小さな平和が守られることを強く祈りながら、しかし、そうした悲劇が自分を英雄に仕立て、また新しい人生の選び直しをも可能にしてくれるという想像にわずかな昂揚を覚えるのを否定できなかった。
 イシザキのいうとおり、きっと誰の中にもある何パーセントかの悪が平和を阻み、多彩な物語を生んでいる。世界は個人に似ている。完全な平和の中に物語はなく、そこでは個人が溶解するだろう。そんな世界は果たして魅力的だろうか? すでに冷めた妻の料理を食べながら、僕は問いの答えを考え続けていた。
 


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このストーリーに関するコメント

16/12/04 光石七

拝読しました。
人間の本質と平和について、身近なストーリーを通じて繊細にあぶりだしていると感じました。
多くの人が、主人公の自問と似たようなことを考えることがあるのではないかと思います。はっきりした答えはなかなか難しいですね。
それでも、悪よりは平和であってほしいと願う思いのほうが強いはず。
深いお話をありがとうございます。

16/12/04 佐川恭一

光石七さま
お読みくださってありがとうございます!
平和が実現されないのは、やはり人間のどうしてもなくせない利己心のせいだったり、歪んだ正義への過激な盲信のせいだったりするのだと思います。でも、同時に人間はひとのために涙を流すことができる。命を投げ出すことさえできる。しかも、その相反する要素が同じ個人の中に同居しているんですよね。本当に難しい問題だと思いますし、考え続けるべきテーマだなあと今回改めて思いました。

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