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KOUICHI YOSHIOKAさん

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【コスモス畑と不発弾】

16/10/31 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:3件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:944

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 河川敷のコスモス畑の前で老人が絵を描いていた。
 老人はイーゼルにキャンバスを立て掛け、小さな折りたたみ椅子に腰をかけている。キャンバスにはコスモスの花がいっぱいに描かれていて、河川敷に広がる現実のコスモスと溶け合っていた。
 老人は朝から一人絵を描いていた。一心に描いているというよりも、のんびりと眺めているというような描き方だった。そこに芸術家の激しさはなかった。
 お腹が空けば持ってきたお握りを食べ、咽が渇けば水筒の熱いお茶を飲んだ。疲れれば筆を休め、尻が痛くなれば背伸びをして軽く体を動かした。
 よく晴れた午後、空の雲は白く薄く、風はやわらかで心地よかった。川の流れは穏やかで数羽の水鳥が羽をやすめていた。
 コスモスの香りは甘く、白とピンクの小さな花は可愛らしかったが、どこか儚く弱弱しかった。
子供の背位の高さのコスモス畑の中を歩いている人が幾人もいた。家族連れ、恋人達、犬を連れた婦人、女学生の群れ、コスモスの間から現れては消え、消えては現れた。川の流れる音がコスモス畑に集まる人々を底の方から包み込んでいた。
 老人が筆を握っていると、背後から声をかけられた。振り返ると二十歳くらいの髪の長い女が絵を覗きこんでいた。
「すてきな絵ですね」
 そう言いながら女は泣いていた。噛みしめるような涙を美しいと老人は思ってしまった。女は泣いていることに気づいていないように話し続けた。
「毎年この季節になるとここに来るんです。今年で五回目でしょうか。今年は初めてここに一人できました。来るつもりなんてなかったんですけど…」
「そうですか」と、老人は言いながら鞄からポケットティシュを取りだすと女に渡した。女は頭をさげるとティシュで軽く目元をおさえた。
「見ていてもいいですか」
「ええ、」老人は小さく答えると再びキャンバスに向かった。
 涙の理由を聞こうとは思わなかった。涙こそ流さないが老人も泣いていた。
想い出はコスモスの花のなかで優しくなっていく。大切な人がほほ笑む顔が浮かんでくる。
 土手の細い道を高校生の乗った自転車が走っていく。鳥の群れが川を渡り、川向こうの工場の煙突からは白い煙がのぼっていた。
 遠くからサイレンを鳴らしながらパトカーがやってきた。土手の上の道を走っていく。しばらくして、追いかけるように自衛隊のトラックが二台静かに走っていった。コスモス畑の向こう側に向かっているようだった。
 拡声器の声が徐々に近づいてきた。
「この先で不発弾が発見されました。この場所は立ち入り禁止となりますので退避してください。ご協力の程よろしくお願いします」
 警察官に促されコスモスを眺めていた人達が慌ただしく土手にのぼっていった。すぐに車に乗って去る人もいれば、土手の上からコスモス畑の先を眺めている人もいた。老人は女の手を借りてイーゼルやキャンバスをしまうと、折りたたんだ椅子を抱えて土手にのぼった。
 土手の上からコスモス畑の向こう側を眺めると何かの工事が行われていたようで、黄色いショベルカーが止まっていた。その周りには大勢の自衛隊員がいて動き回っていた。
「昔、川の向こう側の町に絨毯爆撃があったんだよ。その時の爆弾だろうな。こんな場所にも落とされていたんだな」
「爆発したら、コスモスも死んでしまいますね」
 女は死という言葉を使ってしまったことに動揺してしまったのか、言葉を隠すように慌てて手で口をおさえた。
「こんなに美しい花の下にも爆弾がな…」
 老人はつぶやくと、何かを否定するように激しく首を振った。
 コスモス畑のまわりは刈り込まれ整地されていたが、その周りはセイタカアワダチソウとススキが群生していた。浅い川にはアユやイワナもいるという。川を渡れば土手沿いにヤナギの木が一列に並んでいる。
 いつの間にか川向こうの土手には大勢の人が集まってきていた。自衛隊が作業する様子を眺めていた。不安そうというよりも、祭りに見物にきた人達のような陽気さだった。老人と女がいた土手にも人が集まってきた。危険だから近づかないように、と警察官が拡声器から繰り返し怒鳴っていた。
「この絵をもらってくれないか」
 老人は描きかけの絵を女に渡すと頭をさげた。「この絵は描きかけだが、もう描き終わってもいるんだよ。もうここには来ない。わしのコスモスは散ってしまったからな」
 女は断ってはいけないような気がして黙って受け取った。
不発弾が見つかったことによって、目の前に広がるコスモス畑の景色が老人の目には異なる意味を持つようになってしまったのだろうか。
 イーゼルと画材の入った鞄を担ぎながら老人はゆっくりと遠ざかっていった。集まってくる人達と逆の方向に消えていった。
 女は動くこともできず、白とピンクに揺れるコスモスの花をいつまでも眺めていた。


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このストーリーに関するコメント

16/11/18 KOUICHI YOSHIOKA

海月漂様
コメントをいただきありがとうございます。感謝。

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