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修平さん

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僕と黒猫

16/10/29 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:0件 修平 閲覧数:802

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 真っ黒な毛並みを靡かせて優雅に歩いている。それが僕が初めて目にした、その黒猫の姿だった。
 ひん曲がった尻尾。黄金色の瞳。ふてぶてしい顔。漆黒に覆われた風貌と、爛々と輝く瞳が、僕には妙に不気味に感じられた。
 嫌なイメージを想起させる。そう、死神だ。不幸を連れてくる、死神のイメージ。
 そいつは近所の野良猫だった。種類は分からない。僕は猫の種類には詳しくはなかった。
 ここらを縄張りにし始めたのか、ゴミ箱を漁ったり、路傍を徘徊している姿を最近になってよく見かけた。
 以前興味本位で少し近づいてみたが、脱兎の如く逃げられた。警戒心が強い奴め。

「おっ」

 ある日、件の黒猫が佇んでいるのを見かけた。普段と違うのは、そいつが別の野良猫と向かい合っていたことだ。
 初めは仲睦まじい逢瀬かとも思ったが、よく見ると互いに唸り合い、さながら決闘のような鬼気迫る雰囲気であった。
「シャーッ」
 ボクシングよろしく、猫パンチを繰り出し合う。二匹とも身体に切り傷や咬み傷が見られた。既に相当やりあっているらしい。
 何の気なしに眺めていると、片割れの野良猫が黒猫へ襲いかかった。まさに喉笛を狙った必殺の攻撃であり、黒猫は痛々しい鳴き声とともにのたうちまわった。
「おいっ!やりすぎだ!」
 野良猫同士の争いにやりすぎもクソもないと思いながらも、叫ばざるを得なかった。襲っていた野良猫はビクリと身体を震わせ、黒猫を置いて走り去っていく。一方黒猫はかなりの傷を負ったのか、ぐったりとして動かなかった。
「ケンカか」
「にゃあ」
「大丈夫か」
「にゃあにゃあ」
 会話できるのかよ。めちゃくちゃ賢いじゃねぇか。
 黒猫は気遣いなど不要とでも言うように、背を向けてヨタヨタと歩き始めた。
 ケンカの原因など知る由もないが、平和的解決は望めなかったのだろうかと、一人思った。




「ん?」
 家に帰ると玄関の前に誰かが立っていた。知らない人だ。
「あらっ、ちょうどお帰りですか?良かったわぁ」
 そこに居たのは、五十代くらいの婦人だった。暖色をメインにした地味めの婦人服を身に纏った、石を投げれば当たるような、いかにもおばさんって感じ。面識は、ない。
「どうも……うちに何か御用ですか?」
 婦人は満面の笑みで、唐突に、そして滔々と語り始めた。
「突然ごめんなさいねぇ。実は聞いてほしい話があってねぇ――」
 簡潔に言うと、宗教の勧誘だった。聞いたことのない名前で、いわゆる新興宗教ってやつ。
 貴方は神を信じますかとか、信じれば救われますとか。

 世界平和とか。

 おばさん特有の手振り身振りをしながら、のべつ幕なしに喋り続けた。
「はぁ……」
 正直実感の無い話だった。この手のジャンルには疎い。僕は生まれてこのかた無宗教を貫き通しているし、別に宗教を心の拠り所にしないとやっていけないほど、悩んでいるわけでもない。
 なにより、興味がない。
「すみません、僕そういった話にはあんまり興味が……」
「みなさん最初はそうおっしゃるんでよぉ。でもね、世界の平和を実現するために、こうして布教活動をしてるのよ」
 そりゃ崇高な使命と矜持をお持ちのことで。
「入信さえすればね、世界の平和は――」
「すいませーん!」
 その続きは聞くことはできなかった。婦人の話を遮るように、運送会社のお兄さんが宅急便を携えて訪ねてきたからだ。
 宗教おばさんの独演会に付き合わされ辟易としていた身としては、その訪問はかなり有難かった。
 婦人は最後に教会にぜひ来てと早口で捲し立て、パンフやらチラシを僕にしこたま押し付けて帰って行った。
 世界の平和が何なのか、聞くことはできなかった。




 ――翌日。
 黒猫が死んでいた。草陰で野垂れ死んでいた。
 おそらく、あの近所の黒猫だと思う。確証はないけれど、そう思った。
 横たわる黒猫に歩み寄る。足元まで来てそれは確信に変わった。真っ黒な毛並み、濁った黄金色の瞳、針金のような尻尾。
「こりゃ……死んでるな」
 黒猫は動かない。身体は傷だらけだった。擦過傷。あの時のケガが、原因なのだろう。
 悲しくは、なかった。
 特別アイツにに愛着があったわけじゃない。野良猫が死んでることだって、取り立てて珍しいことじゃない。こういった怪我や病気で、野良猫は長く生きられないという話を聞いたこともある。
 もう黒猫は鳴かない。
 冬で気温が低いとはいえ、放置しておけば数日もしないうちに黒猫の死体は腐敗が進むだろう。
 あぁ、少し手間だけど、家からスコップを持ってきて 僕が墓を作ってやってもいい。それくらいは手を尽くしてやろう。手向けってやつだ。


 悲しくはなかった。
 ただ、あの宗教おばさんの世界平和の話の続き、少しくらい聞いておけばよかったなとぼんやり思った。


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