1. トップページ
  2. 二足歩行に睨まれて

浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

性別 男性
将来の夢  
座右の銘  

投稿済みの作品

0

二足歩行に睨まれて

16/10/29 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:908

この作品を評価する

 敵国との対立が激化し始めたとき、相手方の国王が宣言する。
「我々は血を流す争いではなく、平穏なる決着を望む」
 まさかこんな人道的な言葉が戦争開始の合図になるなんて、夢にも思わないだろう。
 だけど実際に自国の人間が次々命を落としていくと、ぼくは敵国の真意を嫌でも悟ることとなる。 

 ーー眼前には、子どもがついた大袈裟な嘘みたいな砂漠が、昨日と変わらずどこまでも続く。

 この戦争で両親と妹を失った。ぼくの生きる意味なんてとうにわからなくなっていたが、それでもぼくは敵兵から逃げ続けている。疲労は限界を迎えようとしていた。

 砂埃を吸わぬよう注意し、その場で寝転がる。風の音だけがぼくの鼓膜を震わせた。
 上瞼が重く、思考の焦点が定まらない。
 睡魔がおいでおいでと、手招きしていた。そのまま彼に着いて行きたくなる。 

 だけどぼくの耳に、微かだけど確かに処刑人の足音が届く。ひと刹那も油断はできないようだ。
 すぐにぼくはその場で肘と膝をつき丸くなると、擬態シートで全身を覆った。
 
 終わりの見えないこの砂漠のなかで、人ひとりを見つけ出すのはそう容易いことではない。
 それにぼくは今、光学迷彩効果で周囲の風景に同化しているのだ。このシートはサーモグラフィースキャンすら遮断できる代物なので、絶対に見つかるはずがない。

 大丈夫、と何度も自分に言い聞かせる。
 それでもぼくの心臓は、不自然なまでに強く拍動する。姿も体温も隠しているというのに【清掃員】の足音は大きくなるばかりだ。

 ……一体、どのくらいの時間が経っただろう。
  恐怖が極限状態に達し、ほとんど意識を失っていたぼくは、再び世界が風の音だけになったのを確認する。
 ぼくはゆっくり立ち上がると、シートの隙間から周りの様子を伺う。よかった、どうやら奴は消えたようだ。

 早く安心できる場所まで逃げなくてはならない。体にシートを巻きつけたまま、ぼくは再び歩き出す。

 すると、数メートル先の砂粒が光った、ような気がした。
 この十数日間、代わり映えのしない景色ばかり眺めていたぼく。幻覚でも見ているのかと思ったが、何度目を擦っても同じ地点で、それは輝きを放っていた。

 ぼくはいても立ってもいられず走る。擬態シートと荷物を下ろすと膝をつき、大量の砂粒のなかから指でそれを掬い上げた。

 誰かが落としたロケットペンダントだ。蓋を開くと、写真の女性が美しい笑みを浮かべている。誰かもわからないのに、何故か心が救われる感触を覚える。
 家族の形見の一つすら持ち合わせず、ぼくは圧倒的な孤独に押し潰されそうだった。今までずっと心細かったぼくは、その女性の姿に思わず笑顔になる。

 ーーそんな幸福も束の間のことで、ふと誰かの視線を感じる。

 ぼくは急いで顔を上げると、容易に視認できる距離に【清掃員】が立っていた。
 嘘だろう、歩行による駆動音なんて一切聞こえなかったぞ。

 ……さすがに、いくらぼくが浮かれていたとはいえ、自分の命を奪おうとする殺意の塊に気づかないはずがない。
 もしかして奴の装甲には、ぼくの持つ擬態シートと同様に、光学迷彩機能まで備わっているのか。それを使い、ずっと人が現れるのを待ち構えていたのか。

 【清掃員】という直接操作型の兵器には敵国の兵士が乗り、操縦している。大きな卵の型をした鉄の塊には、鉤状の細長い足が二つついているだけだ。フォルムだけ見れば、滑稽な子どもの玩具にしか思えない。
 
 だが、楕円形をしたボディーの中央に、紅色をした小窓がある。その大きな瞳から光線が射出され、その光が人の命を奪うのだ。

「こんな小細工でぼくを……」
 このペンダントは罠だったのか。これが敵の所有物なのかわざわざ作ったものなのかわからないが、まんまとぼくは誘い出されたらしい。

 ーー彼らの思う平穏なる決着とは、ぼくたちに痛みや苦しみを与えず、大量虐殺することである。
 ーー【清掃員】とは、人を殺してしまったという罪悪感を少しでも軽減するために開発された兵器である。 

 この戦場では、血も臓物も肉も骨も人目に触れることはない。そういった視覚的な痛みを排除することが、彼らの思う平和的な戦争のやり方であるらしい。
 だから、臭いものに蓋をして罪の意識から逃れようとする片付け上手なこいつらのことを、ぼくは【清掃員】と呼んだ。
 こいつらは結局“平和”なんかではなく、自分たちの心の“平穏”しか求めていないのだ。

 【清掃員】がぼくを睨む。
 その光線を浴びたものは、一瞬にして“遺伝子が組み換わる”。
 
 次の瞬間、ぼくは眩い光に飲まれ、一瞬にして頭の天辺から爪先まで砂粒になった。
 ぼくはかつて無数の命だった砂の海に溺れ、混ざり合うーー。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン