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j d sh n g yさん

学生時代に中国へ行き、漫画創作から小説創作の面白さに本格的に気づく。 なぜか中国語の方がすらすらと小説が書け、日本語での小説はその後から徐々に挑戦。 日常をテーマに書いていきます。

性別 男性
将来の夢 中国語の翻訳家 漫画家昔の夢
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ピース・フラワー

16/10/28 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:0件 j d sh n g y 閲覧数:779

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「少しめまいがするので、休ませてください」
平野優一はやっとの思いで保健室のドアを開け、そういった。
「たしかに、顔色が悪そうね。熱はない?」
保健室の先生、桜木麻衣は優一に体温計を渡した。
 優一はベッドに横になり目をつぶった。目をつぶると、先ほどの光景がよみがえってくる。
 彼は、男子生徒杉下を中心としたクラスメイト数人による、同クラスの笠間への陰湿ないじめの現場を目撃してしまった。しかし、誰かに相談するのも怖くなって思わず授業中に気分が悪くなり、保健室へと逃げだしてきてしまったのだった。
「…桜木先生、なんでいじめってなくならないんだろう」やがて黙っているのも耐えられなくなり、思わず口からそんな言葉が出てしまった。
「そうね・・・難しい問題でもあるわ。もちろんいじめは絶対にいけないことよ。だけど、いじめる子にも、苦しんでいることがあるの」
 絶対誰が報告したかを漏らさないことを条件に、優一は桜木先生に現状を伝えた。
 もしかしたら、自分もいじめにあうかもしれない。その恐怖は最後まで抜けることはなかったが、優一自身もかつて小さないじめにあったことがあり、どうしても見過ごすことができなかった。
 その夜、優一は奇妙な夢をみた。
 遥か彼方まで続く一面の蒲公英畑。足元には自分の影ともう一人の影。しかし振り返るとそこにはだれもいない。
「キミには、魂の花が咲いた…意図を送る力が」
「意図を送る力?」相手は日本語を話しているはずなのに、まったくその意味が理解できない。
「キミに宿った力はピース・フラワー。感情のよどみを吸収し、清浄な感情へと戻す、魂の光合成だ」

 いつもの通り目覚め、朝食を済ませ洗面台の鏡の前に立った。特に変わったところはない。
 高校へと自転車で向かい、教室への階段を上がる。
 その途中で、優一は突然奇妙な息苦しさを感じた。気づくとあたり一帯に灰色の霧のようなものが充満していた。その中心には一人の数学教師の斉木が立っていた。
 その霧は徐々に数字の形をかたどり、斉木先生の頭や肩に降り積もっていく。
 優一は奇妙な危機感を抱き、昨晩の夢のことを思い出した。その瞬間、蒲公英に似た花のビジョンが脳裏を駆け巡った。
 そして、優一が息を吸い込むと、それに呼応するように数字の霧が優一へと向かってきた。
 その瞬間、バラバラのビジョンが優一の中へと飛び込んできた。全国統一模試での数学成績不振、赤点取得者の増加、などの数字データが次々と目の前に現れた。
 じっと、平野優一は斉木先生を見つめた。これはおそらく彼の悩みの感情だ。そう直感した。
 そして、少しでもその悩みが小さくなることを祈りながら、優一は息をゆっくりと吐きだした。
 斉木先生に透明な数字が還っていく。霧はいつの間にか晴れていた。
 教室ではいつものように授業が行われ、平野優一は黒板の文字をノートへと写していった。
 黒板の文字がだんだんぼやけていく奇妙な感覚が優一を襲った。眠気のためかと目をこすったり、手をシャープペンで軽く刺してみたりしたが、効果がない。
 次の瞬間、黒光りする無数のカッターナイフが突如教室の上部に浮かんでいた。刃はすべてクラスメイト達と教壇に立つ先生の頭上を向いている。
 これも誰かの感情なのだろうか。しかし、今度も同じように吸い込んで無事で済むとは限らない。
 だが、それでも優一はピース・フラワーのビジョンを心に浮かべ呼吸を試みた。
 無数の刃がすべて優一に向かって落ちてくるのが見え、思わず目をつぶる。
 リストカット、滴る赤色の血、そして哀しくも安堵する表情。
 それは、杉下と笠間二人の抱えるそれぞれの負の感情だった。
 意外な結果に、優一は思わず目を見開いた。不仲の家庭、人間への失望、生きがいの喪失、そうした杉下の怒りと、罵倒の言葉、見て見ぬふりなクラスメイト、人間不信、そうした笠間の哀しみがカッターナイフをかたどり、クラス中に降り注ごうとしていた。
 優一は刃をひとつづつ心へと吸い込んでいく。その度に激痛が体中に走った。
 そのひとつひとつを、半透明の綿毛に変え、優一は息とともにクラスの一人一人に向けて吐き出した。
 すべてが終わるころ、優一は自分の意識が遠のいていくのを感じた。


「よかった、気がついた」
 桜木先生の声がした。いつの間にか優一は保健室のベッドの上にいた。
「貧血で、突然意識を失ったみたいで、ここに運ばれたの」
 さっき経験したことはすべて夢だったのだろうか、と優一は目をつぶる。
 しかし、それにしては記憶がはっきりしすぎている。
「例の件は、担任の先生方にきちんとうまく伝えておいたわ。もう一人で抱え込まないで」
 「ありがとうございます」
 優一は桜木先生にお礼をいうと、再び教室へと戻っていった。
  


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