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黒谷丹鵺さん

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私と地下鉄つくって下さい!

16/10/25 コンテスト(テーマ):第92回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 黒谷丹鵺 閲覧数:1004

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はじめに……

この物語はある企画で「あずみの白馬さん」にプロットをお借りして書いたフィクションです。
作中に登場する人物・団体・名称等は創作上のものであり、実在のものとは一切関係ありませんのでご了承下さいませ。

……よろしくおねがいします。



−−−−−−−−−−−−−−−




『私と地下鉄つくって下さい!』



――1965年、7月某日。

「うーん……前より酷くなってますね」
 北斗由奈は目の前の光景に唖然としていた。
 ここは札幌市の新興住宅地である北24条。朝の通勤通学ラッシュで大混雑している。
 路面電車の停車場に5列に並んだ人の列はおよそ200メートルに及び、その最後尾は次々やって来る人によってどんどん伸びていく。乗客を詰め込んで出発した電車は信号が青なのにすぐストップしてしまい、見れば道路を埋め尽くす自家用車や路線バスが路面電車の線路をふさいでしまっていた。
「局長のおかげで、これでも少しはマシになったんですよ」
 視察に同行した札幌市交通局の職員が説明してくれたが、由奈はそのいきさつを彼よりずっと詳しく知っている。交通局長の北斗豊は由奈の父親であり、急激な発展に交通整備が間に合っていない現状を打開するために日夜奮闘してきた姿を、誰より身近で見てきたからだ。
「地下鉄の計画を市長にウンと言わせたのも局長なんです。自分が国から予算取ってくるからって。それなのに、これからっていう大事な時に倒れてしまわれるなんて……きっと無念だと思います」
 職員が目を赤くして訴えるのを聞き、由奈は心を決めた。
「大学は休学することにします」
「お嬢さん!それって、つまり……」
「局長代行、やります」
 由奈は力強くうなずいた。


 1965年、市町村合併で人口が増えた札幌市は慢性的な交通渋滞に悩まされていた。
 主な公共交通機関は路面電車とバスで、どちらの規模も人口に見合っていない。特にバスは48系統もの路線が中心部に集中してしまう構造的欠陥があり、身動きできないほどの渋滞を招く原因となっている。さらに自家用車によるマイカー通勤も増えつつあった。
 このまま交通事情が改善しなければ札幌の経済発展までストップしかねないという深刻な事態である。
 それに加え、冬季オリンピックの開催地に立候補したことにより、現状ですら限界を超えている交通事情を早急になんとかせねばならなくなった。
 対応を迫られた札幌市交通局は、局長自ら先頭に立ってさまざまな施策を打ち出した。
 局長・北斗豊は信念の人である。路面電車の定員を倍に増やしたり二両連結にしたり、労働組合や警察から呼び出された時も熱弁をふるって意見を通してきた。それでも大きな打開策とはならず、市長はじめ議会、役人等みんなが頭を悩ませていた。
 地下鉄やモノレールをという話が持ち上がった時、地下鉄こそ有益であると強く主張したのは、やはり北斗豊だった。欧州まで視察に出向いて熟考した彼の意見には現実性があり、モノレール派だった市長の心を動かすに十分な熱意もあった。
 最終的に地下鉄ということで承認を得た北斗豊は次に、国から計画の認可を受け補助金を交付してもらうための折衝に取り組んだ。
 実のところ、札幌市に地下鉄をつくりたいというのは無謀な話であった。なにしろ、まだ東京・大阪・名古屋の3つの大都市にしかない地下鉄は、1キロメートルあたり34億円という途方もない建設費用がかかるシロモノなのである。当然、国の対応は冷ややかなものだった。

 それでも粘り強く交渉に当たっていた北斗豊が倒れたのは、東京出張から帰ってきた直後のことだった。当初は過労と思われたが、入院ついでに検査すると思いのほか重い病が判明した。
「由奈、大事な話がある」
 長期療養が必要とわかった日、北斗豊は病床に愛娘を呼んだ。
「お父さんの代わりに局長になって地下鉄をつくってくれ。」
「それ……本気ですか?」
 由奈は目が点になった。父の影響を受けて交通工学を学べる大学を選び、将来は父のようになりたいと思ってはいるが、彼女はまだ18歳なのである。とても父「北斗豊」の代役が務まるとは思えない。 
「俺の代わりを誰に任せるか、よく考えたがお前しかいない。これまでの経緯や俺の考え方を一番よく知っていて、俺と同じやり方が出来る人物なんか、他にはいないんだ」
 北斗豊は愛娘を溺愛しており、幼少の頃から出張や現場に同行していた。例の欧州視察にも連れて行き、由奈を相手に議論して視察結果の取捨選択をしたのである。
 だから現在の由奈は、配属されて局員になっただけの者とは積み重ねてきた知識が違う。そのうえ、父の経験を実地で知り尽くしてもいた。
「でも、他の職員さん方が承知しないでしょう」
「話は俺がつけておいた。市長も協力すると言ってくれている」
 手回し済みと聞いて由奈は絶句した。
「職員が案内するから、ラッシュ時の北24条をもう一度よく見てきて欲しい」


 こうして由奈は返事を保留したまま、案内役の職員と北24条に出向いたのであった。
「こんな状態は一日も早く解消しなければいけません」
 由奈は数か月前に視察した時より悪化している渋滞の様子を目の当たりにし、なんとかしなければと切実に思った。そして、これは学生の片手間に出来るような仕事ではない……休学を決めた所以である。
「今すぐ交通局で資料を見せて下さい」
「はい!」
 二人は足早にその場を後にした。



 局長代行に就任して数日後、由奈は東京の運輸省へ出向いた。
「行きましょう」
 由奈は紺色のスーツと白いハイヒールで武装し、長い黒髪を風になびかせ、胸を張って省内へ入った。
 資料をきっちり揃え中堅の職員を同行していたが、由奈の頭の中に叩きこんだデータこそ最大の武器だ。
 約束の時間より早めの訪問になったが、案内された一角へ向かうとすでに相手はテーブルの向こうで待ち構えていた。ずいぶんと若い。
「畑山です。あの……遠いところご苦労様です」
 緊張気味に差し出された名刺を見ると、「運輸省鉄道局 畑山優希」とある。肩書きは何もない。
「ずいぶんとなめられたものですな」
 付き添いの職員が由奈に耳打ちした。
「札幌市交通局の北斗由奈です。本日はお忙しいところお時間を割いて頂きありがとうございます」
 由奈は堂々と挨拶して腰かけた。
「早速ですが、こちらの資料をご覧下さい」
 有無を言わせぬ勢いで、札幌市の人口統計と今後の見通しについてのグラフを広げる。
「経済発展を止めているのは交通事情の悪さなのです。それさえ解消されれば将来性はどの都市にも引けを取りません。立候補中の冬季オリンピックが決まる可能性も高いですし」

 畑山はすっかりペースを握られてしまった。しかし、上司からはうまく撥ね退けるよう指示されている。
「資料をお預かりしていいでしょうか?」
 ハンカチで額の汗を拭いながら畑山は言った。
「上に話は通しておきます。ですが、ご期待に沿えない可能性もありますので、そのへんはご了承下さい」
「わかりました」
 由奈は立ち上がって握手を求めた。
「また伺いますから、その時は畑山さんもある程度の権限を持って対応してくださいね」
 強い目で見られ、畑山はたじろいでしまった。由奈との勝負に負けたような気持ちになり、プライドに火が付く。
「わかりました」
 高卒とはいえ国家公務員に採用された矜持もある。
 畑山はスッと背筋を伸ばして由奈を見送ると、早速上司のもとへ向かった。

 札幌交通局の北斗局長が倒れたという噂は、運輸省内にも流れていた。北斗は先日まで鉄道局に日参し、札幌に地下鉄を作りたいから許可してくれとしつこく訴えていた「常連さん」である。いいかげん対応に困っていたところだった。
「女子大生の娘が代行するそうだ」
 そんな話を耳にした上司が、これ幸いと新人の畑山に「上手く言いくるめて追い返せ」と担当を任せたのだが、その女子大生の娘がここまでやるとは思いもよらぬ事態だった。
 畑山は18歳。北斗由奈とは同い年である。ぬくぬくと育って大学まで上げてもらったお嬢様なんかに負けるわけにはいかないと思った。

 重箱の隅を楊枝でほじくるように資料をチェックして対策を講じた畑山は、次回の面談では冷徹な役人の顔になって由奈を迎えた。
「資料を拝見しました」
 先制攻撃とばかりに口火を切る畑山。
「交通事情を何とかしたいのはわかります。ですが、必ずしも地下鉄である必要性はないでしょう。札幌市民は80万人にも満たない。100万人を下回る人口の都市で地下鉄が成功した例は、世界にひとつもないんですよね」
 畑山はまくし立てた。
「乗客が足りないからといって熊でも乗せるつもりですか」
「料金を払ってくれるなら熊だって乗せます!」
 一喝するような言葉に、畑山は思わず息を飲んだ。由奈の蒼白な顔には鬼気迫るものがあった。
「真剣に聞いて下さい!一都市の未来が懸かってるんですよ」
「し、しかし、そんな莫大な予算、大蔵省も認めないと思います」
 運輸省が認可したとしても補助金までは保証できないと、畑山は懸命に説明する。補助金無しで地下鉄建設できるほど経済力を持った都市などない。東京都ですら無理な話だ。
「それなら、一緒に良い方法を考えて下さい。畑山さんだけが頼りなんです」
 由奈は畑山の手をとらえると両手でグッと握りしめた。
「私と地下鉄つくって下さい!」
 きらきら輝く黒目がちな瞳が、畑山を釘付けにする。
――負けた。
 畑山の役人としてのプライドが急激に色褪せ、音を立てて崩れた。それと引き換えに何か熱い使命のようなものが心を満たしていく。
「わかりました!できるだけ力になりましょう!」
 畑山は由奈の手を握り返して熱く宣言した。

 数十分後。
 運輸省を出たところで由奈は立ち止まり、フフッと不敵な笑みを漏らす。
「ちょろいものです」


 それから半年、由奈は地下鉄実現に向け、さまざまなシュミレーションを重ねていた。
 畑山からは予算を出来るだけ抑えた計画に見直すよう提案されており、少ない予算で収めるという前提で試行錯誤しているところだ。
 それに、冬場は雪と氷に包まれる札幌の気象条件を考慮すると、予想される問題の解決法は早めに模索しておいた方がいい。これは療養中の父と由奈の一致した意見だった。
 参考にした資料は父と視察したパリの地下鉄やドイツの輸送史など多岐に渡る。
 まだ認可されていない地下鉄の実験に協力してくれた職員や現場作業員は、皆そろって由奈の熱意にほだされていた。
 由奈はその一方で足繁く東京に通い、各省庁を巡って訴えることを続けていた。大蔵省で散々待たされた挙げ句、今日は会えないと追い出された日もある。それでも諦める気持ちは欠片もなかった。


「由奈さん!電話です」
 実験場でヘルメットを被って作業指示をしていた由奈を、職員が呼んだ。
 
――1966年4月27日。

「北斗です。お待たせしま……」
「由奈さん!やりましたよ!」
 電話の向こうで畑山が興奮していた。
「認可が下りそうです!」
「本当ですか……」
 さすがの由奈も声が震えた。
「本当です。札幌オリンピックが決まったことが決定打になりました」
「えっ、オリンピック!?」
「知らなかったんですか?未明に開催決定したんですよ!」
 由奈はゾクゾクと歓びがこみ上げる感覚に立っていられなくなった。
 なんとか礼を言って電話を切ると、プレハブの事務所から這うように表に出た。
「やったー!」
 腹の底から叫んだ由奈に驚いて、皆がふり向く。
「決まりました!札幌に地下鉄!!出来まーす!!!」
 歓喜の輪が由奈を中心に広がっていく。それは遠からず札幌市内くまなく広がっていく心躍る輪だった。


 計画認可の最大の理由は札幌オリンピックの開催決定だったが、実は由奈の熱意も大きなポイントだったらしい。木で鼻を括るような対応にも折れない由奈に、省庁の役人たちも舌を巻いて感服していたという。
「だから、オリンピックの件は最後のひと押しに過ぎなかったんです」
 畑山の話に、交通局内の面々は大きくうなずいた。
 運輸省側の計画担当として札幌にやって来た畑山は、交通局の一角に間借りして仕事に当たることになった。由奈が率先して取り組んでいたシュミレーションのおかげで、計画はそう大きな問題なく進みそうだった。
 

 オリンピックのメイン会場に決まった真駒内から密集住宅地の北24条まで、区間はあくまでも短縮せず進めることになったため、全線を地下化するのは予算的に難しい。
 一部を地上に通すことになり、1969年に廃止が決まっている定山渓鉄道の跡地を買収して用地に充てることになった。

 そこで冬場の積雪をどうするかという問題が浮上し、除雪車や赤外線という案も出たが、国鉄より本数を増やす予定の地下鉄には不向きだった。
「線路にシェルターをかぶせましょう」
 由奈は専門家の監修で作り上げた資料を繰り出した。
「鉄骨で組めば雪の重みにも十分耐えられます。高架が切れる心配もなくなります」
 シェルターというのは、つまりトンネルのようなアーチ型の覆いのことだ。
 線路をすっぽりシェルターで覆ってしまえば、雪の影響をほぼ受けずに済む。それに、電車を待つ乗客が雪まみれで寒さに震えながら待たなくてよくなる。 
 反対する者は一人もおらず、由奈の提案は了承された。
 
 次に持ち上がったのが地下と地上を結ぶ区間の勾配の問題だった。市街地に建設するため、どうしてもその部分は急坂にするしかなく、最大4,3%の勾配を普通列車が上がるには出力不足ということが判明したのだ。
「補助機関車を付けたらどうでしょう」
「それを連結する作業のためにどれぐらい手間と時間がかかると思いますか?一時間に何本も走る地下鉄では無理な話です」
 由奈には父と欧州視察に行った時から温めていたアイディアがあった。
「車輪をゴムタイヤにすれば解決できます」
 パリの地下鉄で採用されているゴムの車輪は、摩擦力が強く急勾配もなんなく上るうえ、走行音が通常の車輪より遥かに小さかった。由奈はそれを見た時、いつかこれを日本の鉄道にも導入したいと強く思ったのである。地下鉄計画のための実験も、既に何度も行っていた。
 線路の傷みが緩やかで保線の必要が少ないなどのメリットもあり、ゴムタイヤにするという案も採用された。
「由奈さんって凄いな」
 畑山はただただ感嘆するばかりだった。



 1967年12月、真駒内から北24条までの路線を「南北線」とした地下鉄計画は、札幌市の定例議会で正式に可決された。
 その頃、長期療養を経て病気を克服した北斗豊が現場に復帰を果たし、ブランクを全く感じさせない仕事ぶりで計画の陣頭指揮を執り始めた。職員や市長は「さすが伝説の局長」と噂した。
「一番大変な仕事は由奈が全てやってくれた」
 北斗豊は事あるごとに口にし、臆面もなく愛娘を褒め称えるのであった。
 一方、由奈は3年ぶりに復学することになり、改めて交通工学を学ぶため大学の門をくぐった。
「由奈さん!」
 声をかけられてふり向くと、畑山が手を振って走ってくる姿が目に飛び込んできた。
「畑山さん、どうしたんですか?」
 由奈は驚いた。畑山は見慣れた背広姿ではなく、セーターとジャンパーを着込み下はジーパンという恰好である。
「僕も今日からここの学生です。由奈さんを見てたら、ちゃんと勉強したくなって」
 にこにこと笑う畑山に、由奈も心からの笑顔を返したのだった。

 1969年に着工された地下鉄南北線は1971年12月に運行を開始し、札幌市の交通事情を一変させた。
 市民生活の利便性は一気に高まり、札幌市は右肩上がりに発展していく。
 もちろん1972年の札幌冬季オリンピックの際も地下鉄は大活躍し、観戦に向かう市民や観光客の重要な足として重宝された。

 そして2016年の現在も、開業当時に採用されたゴムタイヤとシェルターは現役である。

「あれから46年も経ったのね」
 南北線のとある駅から出てきた老夫婦が、感慨深そうにふり向く。その方向には線路を覆うシェルターが見えていた。
「君の活躍ぶりは今も記憶に鮮やかだよ」
 いたずらっぽく片目をつぶって笑ったのは70歳になった畑山優希である。
「ま、いやね」
 少女のように頬を染めたのは妻の由奈だった。
「若かったから、とにかくがむしゃらだっただけよ」
 夫婦は顔を見合わせて微笑みを交わした。
 同じ大学で学んだ2人は卒業と同時に結婚した。
 運輸省に復職するつもりだった畑山だが、由奈と共に北海道運輸局で働かないかと打診され、結局そのまま定年まで北海道各地を回って過ごしたのである。
「あなたの嘱託の仕事も今月で終わりね」
 由奈がそっと畑山に寄り添う。彼女は出産を機に退職したのだが、畑山は定年後も請われて嘱託顧問として勤め続けていた。
「この地下鉄のおかげで君と出会えた」
 畑山は感慨深そうに目を細めた。
「そうね、感謝しないと」
 2人は拝むように手を合わせ深々とシェルターにお辞儀をした。
 それからまた顔を見合わせて微笑むと、手を繋ぎゆっくり歩いて去って行った。


(了)






※原案あずみの白馬さま。

写真提供ヘブンズゲートさま。
札幌市電路面電車とシェルターのある地下鉄駅です。
(写真は御厚意でお借りしたものなので保存・転載等は厳禁とさせていただきます)
参考資料『続々ほっかいどう百年物語』STVラジオ著・中西出版



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