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宮下 倖さん

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泣き笑いの窓際

16/10/24 コンテスト(テーマ):第119回 時空モノガタリ文学賞 【 お笑い 】 コメント:2件 宮下 倖 閲覧数:1301

時空モノガタリからの選評

どちらかといえばオーソドックスな内容かもしれませんが、芸人そのものよりも彼らを取り巻く人々に焦点を当てたために、キラリと光るものになっていますね。特に少年の視点から観察される前半の部分が生き生きとしていて印象的でした。孫と祖父の温かい話というだけで終わらず、第三者の視点が入ることで、一人の人間としての等身大の老人の姿が感じられます。小学生たちの間で流行っている「てっぺん」というキメポーズも、いかにもありそうでユーモラスです。単なる成功物語ではなく、人々の体温や地に足のついた感触のようなものがどこか感じられるところに魅力が感じられました。

時空モノガタリK

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 背中でガタガタと抗議するランドセルをものともせずに走って帰ってきたアツシは、家の玄関を開ける前に須藤さんの家を振り返った。
 あ、今日も笑ってる。
 須藤さんちのおじいちゃんは、たいてい道路に面した窓際に座って外を見ている。そしていつも笑っている。それはもうにこにこと楽しそうに。その笑顔を見ると、アツシも何だか嬉しい気もちになる。
 けれどアツシの母は言うのだ。須藤さんのおじいちゃんはいつも気難しい顔で窓際にいると。「気難しい」の意味は、小学校二年生のアツシにはよくわからなかったけれど、母の言い方はあまりいい感じはしなかった。楽しそうなのに……と口を尖らせたが、母にそれ以上食い下がるような理由もなく、彼はそんなやり取りすらすぐ忘れてしまった。 

 次の日曜日。アツシは午後のお笑い番組に釘づけだった。大好きなお笑い芸人『てっぺんギャング』が出ていたからだ。決め台詞の「てっぺん〜〜!」は、体をのけ反らせ人さし指を天に向けるポーズと共に学校でも人気だった。友だちと競うように真似をしていた。
 その『てっぺんギャング』の漫才が番組内で勝ち上がり優勝したから大変だ。気もちが盛り上がり、アツシはいてもたってもいられなくなって外に出た。昂揚した気分のままぴかぴかの空を見上げていると、ふと須藤さんちの窓が目に入った。いつものようにおじいちゃんがいる。けれど、今日のおじいちゃんは笑っていなかった。泣いていた。真っ赤な目を何度も擦っている。
 アツシは驚いて固まった。いつもにこにこしているおじいちゃんがどうして。おろおろしていると顔をこちらに向けたおじいちゃんと目が合った。
 笑って欲しいと思った瞬間、アツシは『てっぺんギャング』の「てっぺん〜〜!」をポーズつきで決めていた。そうしておそるおそる視線を向けると、おじいちゃんが泣き笑いに表情を崩すところだった。

 あ、笑ってくれた。
 嬉しくなったアツシは、夢中で「てっぺん〜〜!」を繰り返した。


―― * * * ――


 須藤ヨシヒコは自宅の窓際で外を眺めていた。傍らにあるラジオが軽快な音楽を惜しみなく振る舞ってくれている。やがて、向かいの家の男の子が黒いランドセルを揺らしながら走ってきた。その姿を目で追っていると、ラジオから「てっぺん〜〜!」と聞き慣れた声が飛び出した。ちょっと裏返ったその声に笑ってしまう。
 この声の主にもあの子くらいの頃があった。そう思うとまずます笑みが深くなる。男の子がこちらをちらりと見てから、そそくさと自宅に入っていく。ラジオからは音楽よりも軽快な喋りが続いていた。

 ヨシヒコには男の子の孫がひとりいる。外孫であったし、目の中に入れても痛くないなどと思えるほどではなかった。たまに会うと「顔が怖い」と泣かれたし、娘にも「もっと笑って」と文句を言われたが、これが生まれつきの地顔である。仕方なかろうと突っぱねるほかはなかった。
 だが、孫は長じると「じいちゃんを笑わす」ことに心血を注ぎだした。ヨシヒコもまったく笑わないではなかったが生来の無愛想はなかなか治るものでもない。そのうち孫は「僕がてっぺんとったら笑うか?」などと言うようになった。それに対して「そうだな」と返していたら、孫はいつの間にかいい相方を見つけ、今やラジオで冠番組をもつようなお笑い芸人になったというわけだった。
 夕方の時間に放送されるこのラジオ番組を聴くのがヨシヒコの日課だ。

「実は今度の日曜日にね、“笑笑頂上決戦”ていうテレビ番組があるんですよ。僕らそれに出るんです」
「そうそう。売れない芸人がわらわら出てくるっていうね」
「“売れない”言うな。これ、優勝者決めるんですけどね。ホラ、僕らもう名前だけで上位ですから」
「仲間からは、てっぺん転じて底辺なんてよく言われますけども」
「ヤメテよ〜縁起わるぅ〜」
「いやでも頑張ってますんで日曜日観てくださいね!」


 頑張っているどころではなかった。彼らはその番組で優勝を飾ったのである。テレビの中で、孫が相方と抱き合いながら泣いている。コメントを求められ「じいちゃん笑ったか? てっぺんだぞ!」と叫ぶにいたっては、ヨシヒコの目からも涙があふれた。
 しまった、これでは笑えない。涙を止めきれずにいると、向かいの家の男の子が玄関先に出てきてこちらを見た。目が合う。一瞬、ぎょっとした表情になった男の子だったが、すぐに人さし指を突き上げ背をのけ反らせた。口が「てっぺん」と動いている。

 小さかった孫が「じいちゃん笑って」と膝に乗ってきたときの重みを思い出す。
 今夜電話をしようか。笑ったぞと言ってやろうか。おめでとうが先かもしれない。
 嬉しそうに「てっぺん〜〜!」を繰り返す男の子に目を細める。
 目尻を指先で拭ったヨシヒコは久しぶりに声をあげて笑った。


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このストーリーに関するコメント

16/11/10 光石七

拝読しました。
筋立てがシンプルで、すっと心に入ってきました。
温かいお話をありがとうございます!

16/11/10 宮下 倖

【光石七さま】
実は、一度書いたものが「詰め放題か」というくらい明らかに詰め込みすぎだったので、思いきってスッパリ削ぎ落したものがこの形でした。
諦めずに書き直してよかった……と光石さんのコメントを拝見してほっとしました。
読んでいただき、またコメントもくださりありがとうございました!

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