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かめかめさん

http://ameblo.jp/kamekame1976/ ブログデシセイカツバクロチウ

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あの夏の香り

16/10/21 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:2件 かめかめ 閲覧数:1783

時空モノガタリからの選評

正統的な美しさが印象的な作品でした。平和を願うような作品が今回少なかった中では、逆に目立っていたと思います。原爆で一瞬にして消えてしまった名もない修道女と「僕」との一瞬の出会いが、長崎の穏やかな八月の一日の雰囲気の中で印象的に描かれていたと思います。平和教育もやはりそれはそれで大事なのでしょうが、やはり人は実際に体験したことほど強く心を動かすものはないのでしょう。原爆が落とされる瞬間まで進行していた人生は様々だったでしょうが、戦時中とはいえ人生の最後の一コマがこのように美しい花を見つめることだった事例も実際にあったかもしれません。ユリの香りを嗅ぐたびに、彼は校門に立っていた女性のことを思い出していくことでしょう。読後感が爽やかで素直に読める作品でした。

時空モノガタリK

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 長崎には坂が多い。
 僕が通った中学校も坂の上にあった。あの日も僕は夏休みだというのに、息をきらして坂を駆け上がっていた。
 八月九日。長崎市内すべての学校で原爆記念日の平和教育が行われる。戦争の惨禍や現代にまで残る傷跡を写真や文章で見ていくのだ。毎年のことなのに休みに慣れてしまった僕は、うっかり寝過ごして、汗みずくで走っていた。始業時刻もとっくに過ぎた無人の校門にようやくたどり着いた時、街中の教会の鐘が一斉に鳴り出した。午前十一時二分。原爆が投下された時刻、街中の人が黙祷を捧げる時刻だった。
 校門のそばに突然、人影が現れた。僕は驚いて足を止めた。
 白い夏物の修道服に身を包んだ美しい女性だった。彼女はかたわらの地面を見つめ微笑んでいた。いかにも愛情にあふれた、大切なものを見つめる目。僕はその優しい横顔に見惚れた。
 鐘の音の残響が終わるとともに彼女の姿はかき消えた。現れた時と同じように唐突に。彼女が何を見つめていたのか確かめようとあたりを探したが、何も見あたらない。ただ、乾いた地面があるだけだ。
 ふと、甘い花のような香りがした。ぐるりと校庭を見回してみても、匂いの元になりそうなものは何もない。夏の日差しが地面を焼いた熱が、幻覚を感じさせたのだろうか。
 この街にはこの手の不思議な話はゴマンと転がっている。石段に焼き付いた影が原爆投下の時間だけ動いているとか、鐘の音とともに、焼かれそうなほどに熱い風が吹き付ける場所があるとか。けれど実際に体験したのは初めてだった。怖くはなかった。不思議と胸が静まるような安心感だけがあった。
 翌年も、翌々年も、僕はわざと遅刻した。鐘の音を聞きながら、彼女の姿を見つめていた。毎年その時だけ嗅ぐことができる甘い香りは、優しい面影とともに僕の記憶に深く染み込んだ。僕はその日のことを誰にもしゃべらなかった。僕一人だけの大事な秘密だった。
 後に調べたことだが、原爆が落とされるまで、ここは修道院だったらしい。建物は爆風で跡形もなく消えてしまい、そこにいた人達の名前すらわからなかった。

 それから数年後、偶然その香りと再会した。
 デパートの香水売り場を通りかかった時のことだ。懐かしい香りにおどろいて振り返ると、女性客がサンプルの蓋を開けたところだった。その瓶には「Lily of Valley」という名前が書かれていた。
 そうか。彼女はあの日あの場所で、ユリの花を見つめていたのか。そして原爆が落ちて、何もかも一瞬で消えたのだ。彼女も、ユリの花も、その花の香りさえも。

 坂を上り母校の門をくぐる。彼女が立っていたその場所に立ち、街を見下ろす。
 彼女が見ていた景色とはまったく違ってしまった風景。そしてこれからも、変わっていく風景。
 門のそば、彼女が見つめていた場所に穴を掘り「Lily of Valley」と書かれた瓶を埋めた。彼女のために枯れないユリを贈りたかったのだ。
 そうして僕は心から、平和を祈った。


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このストーリーに関するコメント

16/10/28 日向 葵

かめかめ様
拝読させていただきました。
ユリと修道女の描写がとても美しいです。
また、ハッキリとは明記されない中にも主人公の行動から読み取れる内情が慈愛に満ちていて、平和というテーマに凄くマッチしていると思いました。
ー彼女のために枯れないユリを贈りたかったのだー
この一文がとても素敵でモノガタリを上手くまとめている気が致しました。
ユリという花が、美しく、儚い女性を象徴している気がしたのですが、ユリを選ばれたのは他に何か意図があったのでしょうか?

16/11/29 光石七

拝読しました。
修道女の姿とユリの香りが清らかで、物語全体の雰囲気としても優しさや気高さが感じられました。同時に、原爆が奪ったものもしっかり書き込まれていて、平和への祈りが強く伝わってきます。
主人公は優しいですね。
私も心から平和を祈ります。

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