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W・アーム・スープレックスさん

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将来の夢
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タイラワの実

16/10/16 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1204

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ノユキは、ながい間いっしょにやってきたお爺ちゃんが、亡くなるときまでその種のことは知らなかった。
「ノユキや、わしが死んだら、この体を家の前の畑に埋めておくれ」
「お爺ちゃん、いや、そんなこといっちゃ」
「人が死ぬのは、花が枯れるようなもので、自然なことなんだよ。ノユキやそれより、わしを埋めたら、その上から、納屋のすみにおいてある袋の種を、すべてまいとくれ。いいね、頼んだよ」
ノユキは布団の上からお爺ちゃんにしがみついた。
自分一人になったら、いったいこれからどうやって生きていけばいいのだろう。だだっぴろい大地には、自分たちの家と畑があるきりで、頼れるような人々はどこにもいなかった。
それに、鬼人のことがあった。
季節の変わり目にあいつはあらわれる。お爺ちゃんがいつも捧げる生贄がなければ、こんどは自分が生贄になる番だ。
「タイラワの種をまいたら、毎日水をやることを怠ってはいけないよ」
苦し気に咳こむお爺ちゃんが、ようやく静かになったとき、ノユキはもう、話しかけてもむだなことをさとった。花は枯れてしまった。
お爺ちゃんの言葉はまもらなければならない。すぐに畑に運んで………だが、華奢な彼女に、老人とはいえ大柄のお爺ちゃんを、担ぐことなど無理な話だった。荷車は、この前深い轍におちて車輪がはずれたきり、家の裏にほったらかしにされていた。
ノユキは途方にくれて、外に出た。せめて、穴だけでも掘っておこう。手にした鍬で土を掘りはじめた。穴はやがて黒々とした口をひらいた。
鍬が、固い地面を穿つ様子をみているあいだに、これでなら人間の体も切れるにちがいないと彼女は思った。
夕日がどろどろと地平線を彩るころ、ノユキは袋をせおって家からでてきた。それからなんども畑と家を往復しながら、彼女はお爺ちゃんを畑に埋めおえた。
固く縛ってあった袋を開いてとりだした種を、ノユキはいわれたとおり、お爺ちゃんが眠る大地の上にまいた。翌朝おなじ場所から、早くものびはじめたいくつもの芽に、ノユキはたっぷり水をふりかけた。
いくらもしないあいだに、何本ものタイラワは彼女とおなじ背丈にのび、みるみる太い木に育っていった。その木が勢いよく枝をひろげてまもなく、赤い花が咲いて散りやがてそこに奇妙な実があらわれた。日がたつうちにそれは、だんだんとある物の形をとるようになった。
―――胎児。みたことはなかったが、本能的ななにかが彼女に教えていた。
すべての木に何十、何百という、ノユキの頭ほどもある、胎児の形の実がみのった。
いまにも雪がちらつくかにおもえたその晩、ふいに生暖かい風が森の方から吹いてきた。
囲炉裏に薪をくわえていたノユキは、ばんと爆ぜた枝から火の粉がとびちるのをみて、鬼人の到来を予感した。
土間の上で、彼女は身をすくめた。以前なら、お爺ちゃんの膝に頭をおしつけ、ぶるぶるふるえていればよかった。しかしいま、お爺ちゃんはどこにもいない。いや、あそこにいる。彼女はたちあがると、窓辺にちかより、あのタイラワの木々が月明かりのなかにいなせな骸骨たちのように寄り添っているのをみた。
そしてその木の下に、毛の塊が歪にくっつきあってできたような姿の鬼人がたちはだかっていた。いつも用意してある生贄の獣がないのをしって、鬼人は怒りに赤くもえる目を、ひたとノユキのいる窓にこらしていた。
そのとき、鬼人の頭の上から、なにかがポタリと落ちた。鬼人は、その実を拾うと、手のひらにどくどくと伝わってくる拍動に小躍りしながら、むさぼりくいはじめた。みちたりた様子で鬼人は、もときた道を帰っていった。
翌朝ノユキがタイラワの実をみてみると、すべての実はゆるやかな楕円形に変っていて、割れた中央からみずみずしい、白ずんだ果肉があふれているのがわかった。
タイラワの実は一年中、たわわにみのった。
果肉には栄養素が過不足なく含まれていたので、ノユキはこれを主食にすることにして、娘には過酷な畑仕事から手を引くことにした。四季の変わり目には必ず出現する鬼人には、この実は依然として人の胎児にみえるらしく、最初同様、たべると口の端から血しぶきがとび散った。
ノユキは、タイラワの木に、毎日かかさず水をあたえた。鳥や小動物が、果肉といっしょに種ものみこみ、よその場所にいって糞をおとし、そこからまた新たなタイラワの木が育った。いつのまにか多くの人々が、この木の周囲にすみつき、ゆたかな木の実の恩恵に浴するようになった。
ノユキがそれらの人々にタイラワの実のことをたずねると、おどろいたことにみんな、その味も、見た目も、かおりまでが、それぞれちがうと答えた。そして呼び方もまた、「タイラワ」「ひらわ」「タイラカズ」等などと、異なっているのを面白く思った。ノユキが、心の広いお爺ちゃんのことを思い出すのは、こういうときだった。


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