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むねすけさん

ブログで創作をやっていましたが、誰にも相手にしてもらえないため、こちらに辿り着きました。 面白い物語、少しほっとしてもらえるようなお話を書きたいと思っています。

性別 男性
将来の夢 作家になりたいですが、 それが無理でも、何かの原案家とか、 自分の考えた物語が世に出ること。
座右の銘 我思う、故に我在り。

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カネゴンの貯金箱

16/10/10 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 むねすけ 閲覧数:1733

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 時間を司る神様クロノスが今どこに隠れているか、とうとう私に情報が入った。やった、やった。それも私以外にまだ誰にも知れていない情報だという。日頃からパチンコの景品交換屋として便宜を計ってあげたおかげだ。情けは人のためならずってね、帰ってきたよ情け、利子で太ってお利口さんにも帰る家を間違えもせず。
 クロノスはドスケベだ、いつでも女の胸の中にいる。飛び出させるのは容易。隠れた女の胸の水を沸騰させてやるだけ、熱さに飛び出した瞬間、そのスピードでタイムスリップが発生する。タイミングを逃さずに思い出を脳内に想起すると、重なって現出。タイムスリップ旅行の唯一の渡航客にしてもらえるのだ。

 私のタイムスリップの目的、想起すべき思い出の情景に、カネゴンの貯金箱がいる。死んでしまった父にあげることができなかったあのソフトビニール製のビニール臭い奴。
 私の開けることのできないガムテープ三重の段ボールの一番下に今もいるはず、お腹の中に泣きながら入れた当時の私のお小遣いの全部は、小銭ばかりで二千三百四十七円。
「おかげで暗証番号に困らんやないの」と、母は慰めてくれたけど、悲しくって暗証番号になんかできやしない。

 場所は商店街の甘味処。ここの看板娘の胸でいい気に欠伸をかんでいるのか、それとも夢で現を抜かしているのか、クロノスの野郎。「いらっしゃいませぇ」秒針を引っ張るようなまのびしたいらっしゃいませに導かれ、私は店内奥の二人席に座る。 
 小さな瓢箪に爪楊枝がたくさん刺さっている。何も知らない看板娘に注文するのはお店の看板メニュー、栗餡蜜。
 「お待たせしましたー」と出された栗餡蜜、看板娘は伝票を置き、空のお盆を小脇に、「こちらの黒蜜と、お好みでこちらきな粉、おかけになってお召し上がりください」と、営業スマイルにっこりで去ろうとする間際。
 私は懐刀で殿の敵を討つ乳母の如き形相で、バッグよりバルサミコ酢を大仰に取り出す。
「大丈夫ですぅ、黒蜜もきな粉も、私これ、持参なんでぇ」
 ここが勝負、この後の反応は野となれ山となれ、だが、思っていた以上に気の強かった看板娘は、異常な失礼行動になんとなんと、小脇のお盆をバルサミコ酢に返す刀でフルスイング。
 その瞬間、「あっちぃあっちぃ」と、
 時間の神様胸から飛び出してきた、と、私の脳内に瞬くお祭りの帰り路。
 閉じた。

 左手に母の手、握った手。
 スベスベですぐにツルンとほどける。右手にはビニールバッグ、中にお祭りで買った吹き戻しと、輪投げで獲れたカネゴンの貯金箱。私の頭にはハットリ君の獅子丸のお面。作りの弱いそのお面は顔につけるとチクチク痛くて、お団子髪に被せて歩いた。
 母さんの背中のリュックには食べ残したベビーカステラ、甘い匂いより美味しくなくてがっかりで残したけど、母さんは「おうち帰ってコーヒー牛乳に浸して食べよ」と言ってくれた。
 母さんは悲しい気持ちをワクワクに変えてくれる魔法使いのようだった。
 母さんと歩く蒸し暑い夜道、街灯が蛾の鱗粉を照らす。まぁるい月がずっとついてきていた。
 家まで電信柱数えて後四本、母が言った。
「カネゴンの貯金箱、お父さん喜ぶわ」
 ここだ、ここだ。
 あの日私が言ってしまった、「あげへんもん」
 あの日、父さんも来るはずが仕事で来れなくなって、私はぷんぷんしていたから、言ってしまったあの言葉。
 もう大丈夫だよ。
「あげへんもん」ではない、私は言う。
「喜ぶ?」
 私の声はちゃんと八歳の私になっている。
「喜ぶ喜ぶ、だってお父さんウルトラマン大好きなんよ、ミハルちゃんの名前もアンヌにするって最後まで粘ってね、私のお父さんに怒られたんやから」
 母さんが嬉しそうな顔で話してくれた。
「アンヌ星人?」
 と、尋ねる私のほっぺを突っついて、フフフと笑いながら母さんはやっぱり嬉しそうに、
「アンヌ隊員、美人やったの、女優さん」と言う。
 私はもう大丈夫、母さん、父さん。ありがとうね。
 やり遂げた幸福感と脱力感、そして安心感と微量に残った申し訳なさに、私は最後の言葉。
「ふぅん、お父さん、ベビーカステラ食べるかなぁ?」
「どうやろねぇ」

 開いた時間に、私はそそくさと光よりも速くバルサミコ酢をバッグにしまい、しずしずと栗餡蜜をいただく。看板娘は多少キョトンとはしていたが、「ごゆっくり」とだけ言い残して去って行った。
 あぁ、私は家に帰る。押し入れ奥の段ボールにカネゴンの貯金箱がいないことを確認して、嬉しいやら涙が出るやら、怒涛に押し寄せてくる感情にすっとぼけるように、
「あーあ、二千三百四十七円、損しちゃった」
 と、呟いてしばらく泣いていた。


  
 


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