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宮下 倖さん

宮下 倖です。 楽しくたくさん書いていきたいです。

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不器用トラベラー

16/10/10 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:654

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 タイムスリップなんて、そんないいのものじゃないよ。
 エリは顔をしかめて鼻の頭に皺をよせると、大仰に首を左右に振った。

「そうなのか? 考えるだけで楽しそうだけど」

 目を輝かせるタクに視線を向けたエリは、呆れ顔で肩を竦める。公園を吹き抜ける春風に目を細め、エリは買ったばかりのクレープに齧りついた。
 黙々と口を動かしている間タクがじっと見ているので、エリはクレープを飲み込んで不承不承言葉をつなぐ。

「時間を勝手に横滑りしちゃう感じだから行きたい過去なんて選べないし、自分の姿も声も向こうには認識してもらえないらしくて何だか幽霊みたいなものだし。光景をただ見てるだけだよ。モヤモヤしてもどかしいだけで、いいことなんてないんだから」
「未来は?」
「行ったことない。ていうか行けないのかも。……行けたとしても積極的に見たいとは思わないけど」

 タクは男の子らしい奔放さで、未来に行けたらナンバーズの当たり番号を見るんだだの、自分が将来禿げてないか確認するんだだのと盛り上がっていたが、エリはきっぱり首を横に振った。

「未来はダメだよ。見ちゃいけない。そんな気がする。過去だってホントは見たくないよ。気がつくとスリップしてるし、唐突に戻るからどうしようもないけど。……変えたい過去がありすぎて、でも手が届くわけじゃないから辛いだけなんだよ」

 だからね、とエリはタクのほうに身を乗り出した。

「タクとのどんな過去に戻っても後悔しないように、今を大事にしたいって思うんだよね」

 まっすぐに見つめながらエリがそう言うと、タクは目の縁をふわっと赤く染めて気恥ずかしそうにもごもごと口の中で呟いた。

「じゃあ、今までひとつもよかったと思うことなかったわけ?」

 タクの問いかけにエリは少し黙った後、「いっこだけ」と目尻を下げた。

「中学生の頃、いきなり反抗期突入しちゃってね。べつに仲悪いわけじゃなかったのに、お兄ちゃんに対して素直になれなくてずっとツンケンしてて。……あの朝も、行ってらっしゃいすら言えずにいたら、お兄ちゃん事故に遭って死んじゃったんだよね。もう二度と言えなくなっちゃった。おはようもおやすみも、ありがとうもごめんなさいも、もう二度と聞いてもらえない」

 唇を噛むエリの肩にタクがそっと手を置く。その手に自分の手を重ねたエリは「でもね」と目を細めた。

「その後、初めて行きたい時間に行けたんだよ。あの日の朝に。お兄ちゃんには私の姿は見えないし、声も聞こえないけど、思いっきり言ったんだ。行ってらっしゃい! って。そりゃあ何も変わらないけど、私だけの自己満足だけど、そのときは言えてほっとした。胸のつかえがとれた気がしたんだ」

 そっか、とうなずいたタクはエリの手の中でくたくたになったクレープを指さして笑った。

「エリ、もしいつか“今の時間”にスリップしたら、早くクレープ食べろって言ったほうがいいぞ」
「伝わるかなあ」
「伝わるさ」

 それがクレープの話だけではない含みに気づいて、エリはくしゃりと泣き笑いの表情になった。



―― * * * ――



 どうやら妹が反抗期だ。
 ユタカは、とくに喧嘩したわけでもないのに急に態度を硬化させたエリに苦笑した。最近では挨拶すらしてくれない。何を話しかけても返事は「んー」で済ませてしまう。母は「そのうち元に戻るから」と暢気だが、可愛い妹に相手にしてもらえないのはどうにも淋しい。
 それでも自分からは距離をおかないようにと、ユタカは鬱陶しがられることを覚悟で普段通りエリに接し続けていた。
 その日の朝、どうせ返事はないだろうと玄関で放った「行ってきます」に思わぬ声が返ってきた。

「行ってらっしゃーい!!」

 大きなエリの声。しかも、どこか泣きそうな響きを含んでいる。驚いて振り返るが、家の中はもう静かだ。
 ユタカは口元を緩め、もう一度「行ってきます」と言って玄関に手をかけた。今夜は帰宅したら、どれほどうるさがられてもいろんな話をしようと決める。「ウザい!」と言われるだろうが、もしかしたら渋々でも笑ってくれるかもしれない。
 ユタカは朝の陽射しの中に軽やかな一歩を踏み出した。




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