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Fujikiさん

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笑い金魚

16/10/10 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:1717

時空モノガタリからの選評

無駄がなく完成度が高い作品ではないかと思います。「住み慣れた世界」に突如現れた闖入者により、いとも簡単に破られる「平和」。世界を知らない金魚が「行こうと思えばガラスの向こうのどこへだって行くことができる」とのほほんと考えているというくだりには、ハッとさせられます。金魚が、「ひきこもり男」自身の姿であることを、生皮を剥ぐように静かに突きつけていく猫の言葉に、有無を言わせぬ説得力があります。読み進めるうちに、これは物理的なひきこもりというだけでなく、精神的なものを指し、実は誰にでも当てはまることかもしれないという気がしてきました。もし自分が「信じたいものだけを信じ」る金魚だとして、それに自ら気づくことはできるのかというと、あまり自信がありません。一方猫に現実を突きつけられた「ひきこもり男」は、外の世界に出て行くことはできるのでしょうか。静寂さの中に想像の余地の残るラストも良いですね。金魚は頭が悪くともどこか可愛らしく、猫は賢くもふてぶてしく、それぞれのキャラクターの対比も印象的でした。

時空モノガタリK

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 夏の昼下がり、ガラスの水槽の中を金魚がふわふわと泳いでいる。南に面した窓から射しこむ光が水槽の中を明るく照らし、たえず口をカプカプと動かして笑い続ける金魚は揺らめくローソクの炎のように輝いて見える。開け放たれた窓から入ってくる心地良い風はかすかに潮の香りをはらんでいるものの、部屋から海は見えない。外に広がる景色は、住宅街に茫漠と連なるコンクリートの屋根と青空だけである。ひきこもり男はガラスを指先でコツリと叩いて金魚に言った。
「かわいそうな奴だな。だってそうだろ、こんな小さな水槽に死ぬまで閉じこめられて、与えられた餌を食べて糞を出すだけの生活なんて。大きな湖の存在すら知らず、体力の続く限り遠くまで泳ぐこともできず、水藻の林の中で子どもを育てることもなく。なあ、お前も自分の不幸な身の上を嘆いて暮らしているのかい?」
 ガラスに近づいたひきこもり男の顔を見て、金魚は尾びれを揺すって笑った。数年前、気晴らしになるからと家族が買ってきた時にはありがた迷惑だと彼は思ったが、部屋で同居を続けるうちに自然と愛着が湧いてきたようである。今ではひきこもり男の大事な話し相手になっていた。といっても話すのはひきこもり男のほうで、金魚はいつも聞き役である。
「馬鹿だなあ、あんた」と、不意に猫の声がした。いつの間にか窓のへりの上に寝そべっている。ひきこもり男が気づくと、猫は気取った足取りで入ってきて部屋の中にあるソファに陣取った。肉づきのいい白と茶色のぶち猫で、動くたびに首輪についた小さな陶器の鈴が音を立てる。隣にあるやちむん工房で飼われている猫だろう。
「そいつが不幸なわけないよ。何てったってこのおサカナちゃんは自分の意志でその中にいるんだから」
「自分の意志で?」
「そう、ちょうどあんたが自分の意志でこの部屋にいるようにね」
 ひきこもり男は、部屋にひきこもっているのが自分の意志によるものかどうかしばし考えてみた。ひきこもりを始めてからずいぶん経つので、このような生活をするに至った直接のきっかけを思い出そうとしても頭に霧がかかったようなぼんやりした状態だった。あるいは思い出せないのではなく、思い出したくないだけなのかもしれない。でも、どちらにしても今となっては大した違いではなかった。
「ウーン、僕の場合はともかく金魚はどうかな。水から出たとたんに息ができなくなって死んじゃうわけだから、出たいと思ったって出られないよ」
 猫はキャッキャッと笑った。大きく身をよじったはずみでソファから落ちそうになって、あわてて爪を立てて布地にしがみつく。
「どうしてそんなことが頭の弱い金魚に分かるってんだい。こいつは試しに水槽の外に出てみたこともないんだぜ。行こうと思えばガラスの向こうのどこへだって行くことができると思ってるんだよ。でも絶対に出ようとしない。未知の世界に興味がないのさ。住み慣れた世界を行ったり来たりしてりゃそれで十分って考えてる。命の危険も、飢え死にする心配もない。そういう平和な暮らしも決して悪いもんじゃない」
 金魚は相変わらずただ笑うばかり。その笑いは曖昧で、猫に同意しているのかどうか、あるいはそもそも理解しているのかさえはっきりしない。
「それにしてもこの首輪、鈴が重くて肩が凝るし、ときどき本当にやんなっちまう」
 はて、猫に肩なんてあっただろうかと、ひきこもり男が目の前の猫を観察しながら考えを巡らせているあいだ、猫はぽりぽりと後ろ足で首を掻いた。意外と長い爪だ。それから猫はおもむろにソファから水槽のほうへ跳びあがった。金魚から目を離さず、ガラスの表面を撫でるようにゆっくりと水槽の周囲を回る。
「少し水槽から離れてやってくれないか。金魚が怖がるだろ」と、ひきこもり男は猫に言った。
 またしても猫が声を出して笑う番だった。キャットだけにキャッキャッとよく笑う。
「じゃあ訊くが」と、首をかしげて男の顔を覗きこみながら猫は言った。「この金魚は猫がおサカナを食らう場面を一生のうち一度だって見たことがあると思うかい? ほら、この研ぎ澄ました爪や鋭利な歯を目の前で見せつけてやっても、へらへら笑ってばかりでちっとも怯えていやしない。どうせ俺のことを強くて頼もしいお友だちだとでも思っているんだろう。本当は風前に置かれた灯火みたいに危険に晒されていたとしても、水槽の中にいる限り自分の信じたいことだけを信じていられる。いい気なものさ。それじゃあ、ちょっと失敬」
 鈴の音、するどい鳴き声、水音、静寂。猫はいなくなった。金魚もいなくなった。ガラスの内側で濁った水が揺れていた。
 ひきこもり男は夢にうなされた後のような放心状態で空っぽの水槽を見つめた。その向こうで四角い青空にヒコーキ雲が一筋引かれるのが見えた。窓から静かに吹きこむ涼しい風が、夏の終わりを予告していた。


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このストーリーに関するコメント

16/11/24 光石七

拝読しました。
ファンタジー的要素を取り入れながら深い内容を描いておられ、感嘆しました。
住み慣れた部屋、住み慣れた世界に閉じこもっていれば、危険も心配も無く平和だと思っていても、その平和は絶対ではなく、突然崩れ去る時が来るかもしれない。
金魚の信じた平和が消え、引きこもり男の平和も終わりが近いことを暗示しているようなラストが秀逸で、読後もその情景がずっと心に引っかかっているような感じでした。
素晴らしいお話をありがとうございます!

16/11/25 Fujiki

光石さん、コメントありがとうございます。ファンタジー的な要素は現実との接点を最小限にするために取り入れました。特定の場所や歴史的文脈を前面に出すと、風刺小説のように物語の意味を狭めた読み方をされてしまったり、強い政治的信条を持った読み手に食わず嫌いを起こされたりするおそれがあります。多くの人の心に訴える話にするにはファンタジーという入れ物が効果的だと思ったのです。

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