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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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用意周到な女

12/10/15 コンテスト(テーマ):第十七回 時空モノガタリ文学賞【 エレベーター 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1924

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 最上階のレストランに上っているとき、エレベーターが階の途中で停止してしまった。丸岡ハンナは、しめたとおもった。5階から6階にあがるときのことだった。
 その寸前にエレベーター内がぐらぐらと揺れたので、地震かしらと彼女が思った矢先のできごとだった。
 エレベーターの中には、彼が一人いるきりだった。過去に3度、おなじエレベーターでであっている。日本人ばなれした彫の深いその顔立ちは、ひと目みれば忘れることはない。どころか彼女は、そのひと目で、すっかり彼に魅了されてしまったのだった。
「緊急停止したみたいですね」
 この異常事態を利用しない手はないとばかりにハンナは、彼に声をかけた。
「そのようですね」
 想像していたとおりの、バリトンで彼はこたえた。仔細ありげな流し目が、彼女をとらえた。
 そのひきこまれそうなまなざしに、ハンナはたちまちぼうっとなって、二人だけをいいことに彼の胸に倒れこもうと思ったが、それはさすがにためらわれた。
「だいじょうぶですわ。こういうこともあろうかと思いまして、ちゃんとこれ、用意していますから」
 と彼女は、不釣合いなまでに大きなバッグから、非常用乾パンを、手動で充電できるラジオつきライトを、水のつまったペットボトルを、さらには使い捨てのトイレまでとりだしてみせた。
「わたし、ひとからよく、用意周到な女といわれますの」
「いつ、動きだすんだろう―――」
 そういいながらも彼が、いつまでたっても緊急時の通話ボタンを押さないのをみたハンナは、おもわず胸をときめかした。彼もわたし同様、この二人だけの状況を悪いようにはとらえていないらしい。
「あのう………」
 ハンナは、あらたまったようにいった。
「なんですか?」
「これもなにかの縁とおもいます。せっかくだから、お名前、きかせてくれませんか。あたしは、丸岡ハンナといいます。ハーフでもなんでもなくて、母がチャップリンの映画のヒロインの名前をつけたそうなんです。イージーでしょう」
 自嘲気味にいってからハンナは、相手が名乗るのをまった。
 彼が奇妙なことをいいだしたのは、そのときだった。
「私の名前をきくと、後悔しますよ」
「はあ?」
 後悔するような名前って、なんだろう。もしかしたら田吾作とか、大根畑溜衛門とかいった類の、こちらが笑いをこらえることの不可能なネームなのだろうか。でもたとえ、そんな爆笑を誘う名前であっても、それが彼のものなら何としても知っておきたかった。
「後悔してもかまいませんから、どうか、お聞かせください」
「じつは、日本人じゃないのです」
 ああ、やっぱり。とハンナは合点顔でうなずいた。あの落ち窪んだ目、高すぎる鼻、それに色気を帯びたワインレッドの唇―――どれをみても日本人とはかけはなれている。しかし横文字の名前をきいたからといって、どうして後悔するのだろう………?
「ご出身は、どちらなんですか?」
「東欧です」
「東欧のどこですか?」
「ルーマニアです」
「それはまた遠いところから。で、お仕事でこられたのですか?」
「ライフワークとでもいうべきかな」
「ライフワーク………」
 ところで彼はいつ、自分の名前を名乗ってくれるのだろう。エレベーターはすぐにも再稼働するかわからないのだ。ハンナは、ちょっともどかしげに、
「ライフワークって?」
「本当に、聞きたいのですか?」
 バリトンの声をさらにバスにおとして、彼はいった。
「どうぞ、おっしゃって」
「では―――」
 エレベーター内の照明が、急に陰ったように感じられた。ひんやりした空気が、ハンナの足もとにまとわりついた。
「私の名はドラキュラ、ひとは私のことを吸血鬼と呼ぶ」
 彼の唇の両端からそのとき、するどくとがった牙がニョッキリと突きだすのがわかった。
 エレベーターという、しかも停止した密室のなかで、吸血鬼ドラキュラと二人きりになるなんて、このときばかりは丸岡ハンナも、自分の運命を呪ったことだろう。
 だが、そのハンナは、例の大型バックの中をまさぐっている。本性をあらわしたドラキュラが、つかつかとに彼女に歩みよろうとしたまさにとき、彼女はバッグからとりだしたものを彼に突出した。
「ううっ」
 目のまえに、ニンニクを突きつけられて、ドラキュラは青ざめた。
「ど、どうして、そんなものを?」
「いったでしょう。わたし、用意周到だって。ほかにも、こんなものもあるわよ」
 つぎに彼女がバッグからとりだしものは、相手にとっては致命的ともいえる十字架だった。
 たちまち吸血鬼は瀕死の形相をうかべたと思うと、身をよじらせるようにして床にくずおれていった。その彼にむかって、さいごのしあげとばかりにハンナは、ぐいと手鏡をつきつけた。
 かくしてこの密閉されたエレベーターは、吸血鬼最期の棺桶になった。


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このストーリーに関するコメント

12/10/22 かめかめ

「ルーマニア」
ときて題名の「用意周到な女」があれば、間違いなくこの結末ですよね……

12/10/23 W・アーム・スープレックス

かめかめさん、こんにちは。
用意周到なオチというのは考えものだということが、よくわかりました。

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