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ミラクル・ガイさん

Heyワッツァおれの趣味つまりはホビー さながらミシンのボビンみたく2択 くるくる巻かれるかそれともぐるぐる巻かれるか 黒い未来目を瞑るわらべうた

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未来カレー

16/10/08 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 ミラクル・ガイ 閲覧数:717

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 昼休みが終わる頃、人のまばらになった大学食堂に工学部四年の山川は現れた。券売機に百円玉を3枚投入し「カレーM」の食券を買って受け渡し口まで歩いた。
 僕は食堂のカレーライスが好きだ。ここ数ヶ月ほぼ毎日昼ご飯に食べている。しかし好きと言ってもその味が好きなのではない。むしろこの食堂のカレーが、家庭のそれや外食チェーン店のそれに比べて著しく美味しくないということは、ほぼ毎日食べている僕はよく知っていた。食堂のカレーは殺人的に不味い、つまりこれを一年も食べ続ければ体に悪性の腫瘍でもできて死んでしまうと容易に想像がつくような、そういう味なのである。だが僕は好んでそれを食べた。別に生きて何かを成し遂げたいといったような明るい生への欲求はないし、そのカレーを食べていると、どこか日常のつまらなさや人生への不信感のようなものをかき消してくれるような、僕だけが吸うことを許された特別な葉巻を吹かしているような、そういう気分になるのである。カレーを待っている間、真っ白な割烹着を着て機敏に動く中年女性たちを眺めるのも好きだった。食事の前の女中たちの踊りを見る将軍になった気分がする。
 三角巾で隠せないくらいの激しいパンチパーマをしたおばさんからどうぞ、と無愛想にカレーライスを渡され、近くの席に着いた。一呼吸置き、スプーンで一すくい口に含むと、いつもと変わらない味が広がった。

 次の日も昼休みが終わる頃に食堂を訪れると、入り口の扉に臨時休業と書かれた紙が貼ってあった。ガラス越しに覗いた食堂は人一人おらず、時間の流れが消失した別の世界のように見える。するとどこから現れたのか昨日のパンチパーマのおばさんが割烹着姿で話しかけてきた。
「ごめんなさい、今日は食堂やってないの。だけどね、山川君にとっておきのプレゼントがあるからちょっと中にいらっしゃい」なぜ僕の名前を知っているのかと聞く間もなく彼女は入り口のドアを開け僕を手招きした。
「あなた、いっつもこの世の終わりみたいな顔してここでカレー食べてるでしょう。だから今日はあなたを励ましてあげようと思ってね」彼女の発言に虚をつかれたが、この世の終わり、という言葉はあながち間違っていない気もした。
「僕を励ますって、僕は他人にとやかく言われて変わるほどやわなアイデンティティーはしてませんよ」しかし彼女はこちらを振り返りもせず中へと歩いて行った。
 照明も消えて薄暗い二人きりの食堂は毎日来ているのと同じ空間とは思えないほど空気が固まっていた。僕は券売機の前に連れて行かれた。
「実はあなたがいつも食べてるこのカレーには秘密があってね」そういうと彼女は券売機の「カレーM」のボタンを指差した。
「ねえ、このMってどういう意味だと思う?山川君」
「・・・Mサイズっていう意味じゃないんですか?」僕はおそるおそる答えた。
「それじゃあおかしいと思わない?だってこの券売機にはカレーMしかカレーのボタンが無いんだもの」言われてみると、確かにこの券売機にはカレーSとかLとか書いたボタンがなかった。なぜ僕は今までこのことを気にしなかったのだろうか。
「じゃあ、一体なんなんですか。このMの意味って」僕は尋ねた。
「このMはね、未来のMよ。み、ら、い、のM」彼女は先生が生徒に勉強を教えるような口ぶりで答えた。
「あなたは昨日で未来カレーをちょうど百杯完食したから、未来の自分を知る権利が与えられたの。いきなりで驚くかもしれないけど、とりあえずそこに座ってくれない」そう言って彼女は近くの椅子を指差した。僕は言われた通りに腰掛けた、何か得体の知れない力が自分に働いているような気がした。
「これ、飲んだら未来の自分がどんな生活をしてるか見ることができるわ。まあもちろん多少の誤差はあるんだけどね」彼女はカプセル型の錠剤と水を僕に渡した。百歩譲ってこの人の言うことが本当だったとしても未来の自分の生活なんて大して面白いものではないだろう、世の中の全ての大人の生活が大して面白くないように。しかしそう思いながらも僕は手の平の錠剤を見ながら、無性にこれを飲み込みたいという気持ちに駆られた。彼女をちらりと見ると真面目な顔をしてこちらを見つめている。僕は錠剤を口に含んだ。

 厨房の奥で割烹着を着た二人の中年女性が話していた。
「田辺さん、あなたタイムスリップする薬を山川君に飲ませたんですって?私にもその薬飲ませてちょうだいよ」
「タイムスリップじゃないわ。あれはね、自分の深層心理にある本当になりたい自分のイメージを見ることができる薬。まあ普通の人が飲んでもあんまりなんだけど、彼みたいな人が飲むと結構効くのよ。彼が言う通り、自分を変えることができる人間は自分しかいないんだから」
 それ以来、食堂でカレーを食べる山川を見た者はいない。


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