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ちほさん

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性別 女性
将来の夢 童話作家。
座右の銘 たいせつなのは、どれだけたくさんのことを したかではなく、どれだけ心をこめたかです。(マザー・テレサ)

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宝石箱に秘められた想いと刻の交錯

16/10/07 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 ちほ 閲覧数:873

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 新年の祝いの鐘を聞きながら、寒さと飢えで少年は死にかけていた。彼の心は絶望だけだった。そこに、凍り付いた道を蹴飛ばす勢いで馬車が止まった。幼い少女が転がり落ちるように降り、少年の方へ駆けてきた。
「お母様、この子が欲しいわ。新年のお祝いに」
 8歳の浮浪児ジャックは、こうして6歳のメイソン家のアニーに拾われた。ジャックは、命の恩人である彼女をいつか自分のお嫁さんにし、恩返ししようと心密かに決めた。
 4年後、アニーは林の中の一番小さな白樺の根元に、銀色の宝石箱を埋めるようにジャックに命じる。
「中身は何ですか?」
「秘密よ。この鍵がないと開けられないの」
 彼女の手にはルビーの付いた金の小さな鍵があり、エプロンドレスのポケットに放り込まれた。
 午後、奥様の古い姿見を、屋根裏部屋からアニーの部屋に運ぶことになった。ジャックが薄暗い屋根裏部屋に足を踏み入れた時、一番奥に置かれていた姿見は、虹色の光を放っていた。慌てて姿見の前に行くと光は消え、えんじ色の一人掛けソファに座ってこちらを見ている老婦人が映し出された。ジャックは思わず振り返ったが、ソファに座った老婦人などいない。姿見にもう一度目を移したところで、姿見から発せられた虹色の光に包まれた。思わず目を閉じた。
「貴方は、どなたかしら?」
 おっとりした年老いた婦人の声がして、ジャックは目を開けた。
 深緑色のドレスを身につけた老婦人がいた。姿見に映っていた女性である。見覚えのある愛嬌のある青い目と品のある小さな唇。
「アニーお嬢様?」
 老婦人も驚いていた。
「あら、あたしが10歳の頃にお屋敷を出て行ったジャックではないの?」
「えっ?」
「もう58年も昔のことだわ。貴方にもう一度逢えるなんて!」
 アニーは立ち上がると、暖炉の上に置かれていたオルゴール箱を手にして戻ってきた。金色の小さな鍵を取り出す。ルビーの付いているあの宝石箱の鍵である。
「貴方を見て思い出したのだけど、あの宝石箱を掘り返したいの。手伝ってちょうだい」
 アニーは、老人とは思えないほどの機敏な動きで居間を走り抜け、ジャックは慌てて追いかけた。玄関に辿り着くまで五つもの扉を潜り抜ける。それにしても、赤い絨毯が廊下にまで敷き詰められ、天井からはシャンデリアが幾つも下がり、家具はどれも最高級品であるとわかる。一体、どんな男性の元にアニーは嫁いだのだろう。ジャックは、何だか気分が落ち込んでしまった。彼女は嬉しそうに言う。「初恋の人と結婚したの。幸せに生きてこられたわ」
 アニーの嫁ぎ先は、彼女の実家にもあの白樺林にも近かった。
「ここだったと思うのだけど?」
 一番小さかった白樺も、今や立派に成長していた。アニーに促されて、ジャックは根元を掘る。すっかり錆びた箱を掘り返し、アニーは持っていた鍵で開けようとする。が、箱には鍵がかかってはいなかった。中には、アニーが今手にしている鍵とまったく同じものが入っていて、二人は困惑した。
「鍵じゃなくて、大切な物が入っていたのよ」
「大切な物?」
「ジャック、あの姿見を通って昔の世界に帰れるわね? 貴方の時代ならまだ盗まれていないだろうから、宝石箱を掘り返して中に入っているあたしの大切な物を、今のあたしに届けてくれない? この鍵を預けるから」
 アニーは、オルゴール箱に入っていた鍵をジャックに手渡した。
 再び姿見の前にジャックが立ち、虹色の光が彼を包み始めた時、隣室から老紳士が現れた。逆光で顔は見えない。細身のスーツ姿で背の高い人。彼は、厳しい声で言う。
「人間諦めなければ何とかなるものですよ。私を超えなさい」
 それは、何故か命令口調だった。
 元の時代の屋根裏部屋に戻ったジャックは、姿見がもう未来を映していないことを知る。けれど、夢ではない。彼の手の中には、ルビーの付いた金の鍵がある。彼はギシギシ音を立てる階段を駆け下り、白樺林へ走った。
 さっきアニーと埋めたばかりの宝石箱を掘り返す。鍵で開けると、入っていたのは丁寧に折りたたまれた一枚の便せん。アニーの愛らしい字で綴られている。
『あたしの初恋。ジャックを愛しています。    アニー・メイソン』
 ジャックはそれをポケットにしまい、宝石箱には鍵を入れて元のように埋めた。
「行かないで、ジャック!」
 泣き叫ぶアニー。12歳のジャックは優しい微笑みを彼女に残して、メイソン家から旅立った。
 再びジャックが彼女の前に現れた時、アニーは18歳。迷いなく求婚したその男性は、今や世界的に有名な大貿易商で、誰からも認められる地位と有り余るほどの財産を手にしていた。それから50年が過ぎ、幸せな二人の前に一人の少年がタイムスリップしてきた。70歳のジャックは、彼に命じる。
「人間諦めなければ何とかなるものですよ。私を超えなさい」


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