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奈尚さん

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杉の木は見ていた

16/10/07 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 奈尚 閲覧数:768

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「神社の大杉、今月一杯で伐採されるらしいよ」
 幼なじみの七瀬がそう呟いた時には、一瞬、何のことを言っているのかわからなかった。
「根本に大きなうろのある、杉の木。小さい時、近くでよく遊んだでしょう」
 ああ、そういえば、あった。天まで突きそうな、神様のような大杉が。
 なんでも、あの杉は御神木として長く愛されてきたが、最近、根本や幹がもろくなってきてしまった。事故が起こらないうちに、片づけてしまおうということらしい。
「切り倒される前に、もう一度見に行ってみたら」
 その言葉におとなしく従う気になったのは、そういえばもう長い間、あの大杉に近づいていなかったと、なつかしくなったからだった。
 放課後。学校を出た時にはよく晴れていたはずだったのに、神社の敷地内に入ったとたん急に空が暗くなり、雨が降ってきた。カサなんて持っていない。慌てて、雨宿り先を求めて境内に駆け込んだ。
「あった!」
 大杉は、俺の記憶の中にある姿そのままで、境内の真ん中に根を張っていた。大人が五人ほど並んで、やっと抱えられるかどうかくらいの太い幹。真下に立つと、空も見えなくなるほどに広がった枝。『杉の木』とはまた違う、何か別の生き物のようだ。
 俺は、小さい頃よくそうしたように、うろの中へ潜り込んだ。うろの中は雨も届かず、ほどよく温かく心地がいい。
「ふう、助かった」
 しかし、一体どれくらい降るだろう。にわか雨ならいいが。
 不安に顔を曇らせた、その時だった。木の横で何かが動く気配がして、俺は何気なくうろの外に目をやった。
 すると。
「下ニー、下ニー」
(えっ)
 思わず、己の目と耳を疑う。目に入ったのは、提灯や箱を抱え、まげを結った着物姿の集団だった。
 半ば無意識に身を隠して、通り過ぎていく『それ』を観察する。足並みそろえたその集団は、間違いない、大名行列だった。
 江戸時代にタイムスリップしたみたいだ。どこかで仮装大会でもやっているのか。それとも、キツネかタヌキに化かされているのか。
 首をひねる俺には目もくれず、大名行列は雨の向こうに消えていった。
「なんなんだ、あれは」
 ふと気がつけば、木に降りかかる雨がいつの間にか、金色に色づいている。無数の流れ星か、光の矢が降り注いでいるかのようだ。
(ただの雨じゃないのか? 俺は幻でも見ているのか)
 奇妙な現象は、それで終わりではなかった。様々なものが次々と、金色の雨の中に現れ始めた。ここらにはいないはずのシカやイノシシ。仲人に手を引かれる白無垢のお嫁さん。防空頭巾をつけたモンペ姿の少女。モダンな服に身を包んだカップル。皆、ふらふらと現れては消えていく。
(過去から今へ移動するタイムマシンに乗って、外の風景を見たら、ひょっとしてこんな風に見えるだろうか)
 ちらと、そんな考えが頭をかすめる。
 そう。江戸時代らしき場面から始まった不思議な光景は、どんどん姿を変えながら、段々と現代に近づいてきているようなのだ。
(まるで、大杉がたどってきた歴史を再生しているみたいだ
 もしかすると俺は今、雨に溶けだした大杉の記憶を浴びているんじゃないか。
 思わず口元がほころぶ。柄じゃないな、そんなおとぎ話みたいなこと。
 そして、ついに『今』がやってきた。
「あっ――」
 俺だ! 思わず叫ぶところだった。幼い頃の俺が、あどけない顔をして駆けまわっている。七瀬も一緒だ。ランドセルを放り出し、木に登り、大声を上げてはしゃいでいる。やりたい放題だ。
(だめだ)
 俺の動悸などお構いなしで、俺と七瀬は走り回りながらどんどん大きくなっていく。小学校の低学年。中学年。高学年。そして学ランとセーラー服に着がえた。
(だめだ、七瀬。止めろ、俺)
『ほうら、飛ぶよー』
 大杉の枝にまたがって、七瀬が叫んでいる。その下で、俺は腹を抱えて笑っている。
『いっくぞー』
 号令とともに七瀬が枝を蹴った。枝がしなる。スローモーションのように、七瀬が落ちてくる。たまらなくなって、俺はうろから飛び出した。
「やめろッ」
 中学生の俺が、受け止めようと大きく腕を広げている。七瀬の身体はその腕から外れて、地面に――。
「七瀬!」
 冷たい雨が頭に降りかかってハッとした。金色なんかじゃない、無色の普通の雨だ。
 あの不思議な光景は、跡形もなく消えていた。幼い俺も、七瀬も。途方に暮れて、空を見上げる。しかし、そこには誰の姿もなく、ただ老いた木が雨に打たれているだけだった。

 墓石の前で、俺は両手を合わせる。
「大杉を見てきたよ、七瀬」
 数週間後には、あの老木はきっと切られてしまうだろう。
「君のことを知っているものが、また一つ、いなくなってしまうな」
 白髪頭をなでて笑う。明日、担任している生徒らにこの話をしてみようか。はたして何人が信じるだろう。


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