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午前4時のスープさん

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夢枕珈琲店

16/10/06 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 午前4時のスープ 閲覧数:949

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 夢枕珈琲店のいつもの席に座る。「なぜ」ばかりが巡る。
 なぜの答えなど見つからないまま、今日も「あなた」とここで会い、淹れ立ての珈琲を飲む。

 夢枕珈琲店は、トキオと初めて入った喫茶店だ。
 トキオは高校の同級生。性別はちがうけれどわたしたちは気の合う「友達」だった。
 高校を卒業して別々の大学へ。しばらくたってお互いの近況報告をかねて会おうということになった。
 駅前で待ち合わせをして商店街を歩き、どこか喫茶店を、とさがしているうち裏通りに迷い込み、「夢枕珈琲店」という看板を見つけた。
 築何十年なのか、古びたビルの一階にその店はあった。
 レトロな雰囲気の店内には洒落た異国の音楽が流れていた。
「夢枕、って変わった名前ね」
「ゆめまくら……そうだな」
 トキオが、運ばれてきたブレンド珈琲のカップを口に運ぶ。
 香ばしいにおいが湯気といっしょにかおって、わたしはとても幸せな気持ちになった。
 この時間が永遠に続けばいいのに、と思う。
 でもそんな心の中はみじんも悟られないように努める。だって恋心めいた感情をうっかり見せてトキオに引かれて今の関係が壊れたらどうしようなどと考えてしまい、わたしたちって、ただの友人同士だから、と言い聞かせるように、わたしは声のトーンを選び、何気ない顔をトキオに向ける。
「お客様、お待たせいたしました。ご注文のチョコレートケーキでございます。当店自慢のケーキですよ。そうそう、夢枕という店名はですね……」
 わたしたちの会話が耳に入ったのだろうか。店主がケーキをテーブルにセットしながら店名の由来について話してくれた。
「数年前、私が会社勤めをしていた時のことです。ある夜、初恋の人が夢に現れまして……悲しいことに彼女はその何年か前に亡くなってしまっていたのですが……夢の中でそれはそれは美味しそうに珈琲を飲むんです。で、夢枕に立った彼女が、珈琲店を開く私の決心を後押ししてくれたわけです。それで店名は夢枕に」
「そうなんですか。夢枕って……時間や場所を越えて亡くなった人に会える、そういうことなのかな」
 店主は「そうですねえ」とうなずきながらチョコレートケーキをわたしとトキオの前に並べ終えた。
 トキオとわたしは珈琲を飲みケーキをほおばりながら、今通っている大学の退屈な授業や名物教授の話、サークルでの失敗談など、他愛ない話を思いつくままに交わした。
 以来、わたしたちは時たま「夢枕珈琲店」で珈琲を飲み、おしゃべりをするようになった。

 やがて大学を卒業して、わたしは地元の会社に就職し、そして数年後、会社の同僚と結婚をした。
 トキオとは、その間も「夢枕珈琲店」で会い、就職や結婚の報告をしたり仕事や結婚生活の愚痴などを聞いてもらったりしていた。一週間もたたないうちに会うこともあったし、数ヶ月以上間があくこともあった。
 今日もトキオに会う。
 店に入り、いつもの席に座る。ブレンドとチョコレートケーキを頼む。
「珈琲もケーキもおふたつ、で?」
 すっかり顔見知りになった店主だ。
「ええ、ふたつずつください」
「承知しました。あの、実はお客様にお知らせがありまして」
「お知らせ?」
「ええ、今月いっぱいで店を閉めることになったんです。ここ数年、駅前や商店街に流行りのカフェなんかができましてね、めっきりこちらのお客様も減りまして……私も年を重ねましたし体力的にも難しくなりました。残念ですが……」
 店主は深々と一礼すると、カウンターの向こうにもどり珈琲を淹れ始めた。
 店内が温かな香気に満たされる。

 しばらくして、いつもの珈琲とチョコレートケーキが運ばれてきた。
「あれから何年……そう、お客様とトキオさんが大学生のころでしたね。トキオさんが突然の事故でお亡くなりになったのは。この店を出てすぐに表通りで事故に遭われるとは……」
 わたしの目の前にはトキオが座っている。珈琲を飲み微笑んでいる。その笑顔も声も仕草も着ている服も何もかも別れたあの日のまま。それを店主に伝えようとすると、のどや胸が詰まったようになって言葉が出てこない。
「ねえトキオ、お店なくなったらどこで会おう。夢枕は〈わたしたちの時間〉に会える場所なのに」
 珈琲とケーキの香ばしく甘い香りがわたしたちを包む。わたしはとてもしあわせな気持ちになる。この時間が永遠に続くようにと強く願う。
 トキオはカップに残った珈琲を飲みほし、これからバイトなんだ、と店の出口に向かう。やがてその姿は時の向こうに消える。

 なぜあなたはひとりでいってしまったのか。なぜわたしはひとり残されたのか。なぜ。なぜ。あなたに聞いてほしいことがもっとあった。あなたから聞きたいことがまだあった。あなたと一緒に未来を生きたかった。
 時間だけが静かに遠のいてゆく。
 


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