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蒼樹里緒さん

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性別 女性
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涙の止め方を忘れた女-お笑い-

16/10/06 コンテスト(テーマ):第119回 時空モノガタリ文学賞 【 お笑い 】 コメント:0件 蒼樹里緒 閲覧数:835

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 あるところに、涙の止め方を忘れた女がいた。女は、嬉しいときも悲しいときも悔しいときも、ひたすらに泣き続けていた。
 ある日、女は広い公園の前を通りかかった。屋外に設けられた舞台やその周りから、歓声や拍手、笑い声が大きな波となって打ち寄せてくる。観客らしい集団の後ろに、女もまざった。舞台上では、若者たちが入れ代わり立ち代わり、漫才やコントを繰り広げているようだ。
 近くの観客に、女は尋ねた。
「何かの催し物ですか」
「ああ、お笑いコンテストだよ、学生限定のな。この町じゃ毎年恒例なんだ」
 中年の男が、気さくに答える。
 確かに、舞台に立つ彼らは、小学生から大学生くらいまでに見えた。
 お笑いの様子を眺めても、女はいつも通りはらはらと泣き続けるばかりだ。
「お嬢ちゃん、そんなに泣くほど感動したのかい」
「いえ、違うんです」
 舞台をぼんやりと見つめたまま、女は否定する。
「お笑いというものを、あまり見たことがなくて……皆さんが楽しんでらっしゃるのに、同じようにできない自分が悔しくて、情けないんです」
 思春期に忘れてしまった。笑い方も、怒り方も、喜び方も――そして、涙の止め方さえも。
 俯く女の隣で、男はしみじみと呟いた。
「べつに、皆と同じように笑う必要なんてないんじゃねえかな」
「え?」
「俺だって、お笑いのネタがつまらねえ時は笑わねえよ」
「でも、私には面白いとかつまらないとか、あの人たちを評価する資格すらないんです。もう何ひとつ持ってない人間ですから」
「だから泣きっ放しなのかい。そいつはもったいねえな」
 笑いの渦が巻き起こる場内でも、彼の声はやけにはっきりと女の耳に届く。
「ステージのあいつらを見てみな。いろんな動きや表情をしてるだろ」
 舞台上の出場者たちは、テンポよく掛け合いをしたり、寸劇で端から端まで駆け回ったり、楽器を鳴らしたり、踊ったりと、様々な演技を披露している。快晴の空の下、照明もないのに、彼らはその光よりも輝いて見えた。
「あいつらは、ここに集まった人たちを笑わせたくて、楽しませたくて必死なんだよ。お笑いってのは、自分が思いっきり恥をかくことでそれをネタにして見せるやり方もあるしな」
 限られた持ち時間の中で、この日のために積み重ねてきた練習の成果を、存分に出しているのだろう。その熱意も場の熱気とまざり合い、観客たちをいっそう盛り上げていく。
「お嬢ちゃんも、今は無理かもしれねえが、お笑いが面白えって思えたり、自分から笑えるようになったりできるといいな」
 男の穏やかな言葉も、彼が笑顔だからこそ自然なあたたかさを纏っているのだろう。
 ありがとうございます、と女は泣きながらうなずいた。
 昔から、家族や周りの人々に笑い者にされ、後ろ指をさされながら生きてきた。どんなに努力しても認められず、何をどう頑張ればいいのかわからなくなって。疲れ果てた女はすべてを捨て、当てのない旅路を歩いている。
 お笑いコンテストの出場者たちにとっては、観客から笑ってもらえることこそが、きっと一番の幸せなのだろう。笑われることを恐れる自分とは逆に。
 ――笑えるようになったところで、どうなるというんだろう。
 まだ怯えてしまう。自分の楽しみ方も、周りの楽しませ方もわからないのに、笑顔になれるはずがない。この場の人々が自然に笑えているのは、彼らの心が健康な証拠だ。
 ――お笑いは、演じる人も見る人も元気にしてくれるものなのかもしれない。
 隣の男がまた朗らかな笑うのを見て、女は何となく察する。
 何番目かの出場者のコントが終わり、周囲の笑い声が拍手に変わった頃、女はそっと歩き出した。その背中に、男が呼びかける。
「もう行くのかい」
「はい。ありがとうございました」
「なら、最後にもう一つだけネタを見ていってくれよ。俺の渾身の一発ギャグだ」
 ニッと自信ありげに笑んだ彼は、すっと息を吸い込んだ。
 その一発ギャグが面白いかつまらないか、観客がどう感じるかはわからないけれど。彼と親しい人々は、素直な笑いや意見を彼に贈るのだろう。
 そんな光景を漠然と想像しながら、女は果てのない道を進んでいくのだった。


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