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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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サンクチュアリ

16/10/05 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:4件 そらの珊瑚 閲覧数:670

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 私はしょっちゅう熱を出す子で小学校も休みがち。小学四年生になっても友達は幼なじみのカナだけだった。
 いつも汚れた服を着てて臭いと、カナは苛められていた。彼女は孤立していて、それは私も同じだった。学校は犬小屋で、私達は首輪をされた哀れでみすぼらしい犬。互いの匂いを確かめ合うようにしてひっそりと息をしていた。
 首輪をはずされた犬が束の間の自由を楽しむように、時折私達は放課後、こっそり蓮池の周りで遊んだ。それは鬱蒼とした林の中にあった。昼でも薄暗く子どもは一人で行ってはいけない危険な場所とされていたが、カナと一緒ならちっとも怖くなかった。
 たまに老人が釣りをしている姿を見かけるくらいで、そこは私達だけの聖地だった。
 冬は池に氷が張った。スケートが出来るかもしれないとカナは云ったけれど、見るからに薄そうな氷だ。試しに私が小石を拾い池に投げたら、氷は簡単に割れた。カナは残念そうに首をすくめた。
 春にはザリガニ釣りをした。ザリガニの匂いはどこかカナのそれに似ていた。
 夏は蓮の花が咲いた。
「蓮ってな、朝一番に花が開くんだって。そん時、ポンっていい音するんだって」
 ある日カナがそう云った。
「へえ、聴いてみたいな」
「じゃあ明日一緒に聴きにいかん?」
「朝早く? ママに見つからんかな?」
「うちのママは朝でも寝とるよ。夜遅くまでスナックで働いとるから」
 結局私はカナと約束して帰り、翌朝五時に目が覚めた。目覚ましもなしに、よく起きられたと不思議だった。パジャマを脱いで服を着替える時ドキドキしたが、隣の両親の部屋は静かなままだった。
 カナは先に来ていた。
「見つからんかった?」
「うん」
 二人して池の淵ギリギリの処にしゃがみこむ。私の足先で、脆くなった土のひと塊が欠け斜面を転がり落ちていく。
「危ない」
 カナが私の腕をぎゅっと押さえる。カナは昨日と同じ服で確かに臭ったが、それを咎める人はそこには誰もいなかった。
 徐々に空が明るくなり池に光が差す。膨らんだ蕾のひとつが開いた。
「見た?」
「うん、見た」
「ポンって音したなぁ」
 カナはそう云ったけれど私には音が聴こえなかった。返事をする代わりに私は曖昧に微笑んだ。
 それから急いで家へ帰ったが、私が家を抜け出した事は既に母にバレていて、こっぴどく怒られた。事の顛末を知った母から
「もう蓮池に行っちゃダメ。カナちゃんと遊ぶのもダメ」
と云われた。
「ろくでもない母親みたいだし」
 怒りの矛先がカナの母に変わる。私は下を向いてただ泣いていた。
 ――水商売の女、人の旦那も平気で盗るらしい。先生にだって色仕掛け……平凡な主婦であった母には、カナの母親のような生き方は理解できない、いや、したくないものだったのだろう。それは「もうよせ。子どもの前だぞ」と朝食を食べていた父が止めに入るまで、しつこく続いた。

 それから私は学校へ行った。「明日の朝も待ってるね」と云うカナの言葉に、やはり曖昧に微笑んだ。どうして「行けない」と断れなかったのか、今でも悔やんでいる。翌朝私は蓮池には行かなかった。
 それきりカナとは会えなくなった。
 翌日、蓮池に浮いているカナを、犬を散歩させていた人が発見した。溺死だったそうだ。
 小さな町は少女の死を巡る噂話で、いっとき賑わった。『母親が保険金目当てに殺しちゃったらしいよ』そんな噂が立ち、カナの母親は店をたたみ町から出ていった。
「黙っていなさい。カナちゃんが亡くなったのは誰のせいでもないわ」
 母は私にそう云った。刑事が私の家にやってきた時、何も知らないと私は首を横に振った。
 結局警察は事故死だと断定した。少女がなぜ朝早く蓮池に行ったのか、その理由は謎のまま。私は心の奥底に、二人の聖地を沈めた。
 病弱だった私は、幼心にも自分は長くは生きられないと思っていたが、八十年も生きてしまった。恋をした事もあったが結婚には至らなかった。きょうだいがいない私は一人で父そして母を見送った。楽しい事もそれなりにはあったはずだが、今となっては遠い出来事だ。長生きしただけの、そんな人生だった。実家を売った資金で、明日老人ホームへ行く。そこで命を終える事になるだろう。
 私は母の言いつけを守ってあれから蓮池には行っていない。けれどもういいよね。私は杖を頼りに蓮池を訪ねた。
「カナちゃん、来たよ」
「遅かったね」とカナが答えた気がした。
 池一面に純白の蓮の花が咲いている。岸辺で花を見ている幼い少女達が見えるようだった。自分に用意されている未来の事など知らないでいられた頃のカナと私。
 ふいに「ポンッ」という可愛らしい音を聴いた。蕾が一つ開いたのかもしれないし、ただの耳鳴りだったのかもしれない。
 聖地は何も変わっていなくて、まるでタイムスリップしたかのようだった。


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このストーリーに関するコメント

16/10/25 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

少女たちの聖地は時が経っても永遠にそこに残っていたのでしょうか。

長い間、カナちゃんに対する罪の意識にさいなまれてた、主人公は
いつか、きれいな蓮の花の上でカナちゃんと再会できることでしょう。

カナちゃんの死の真相をハッキリさせないのがかえって興味を惹きます。

16/11/01 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、拝読しました

蓮池の聖地……真相は分からぬままですが、けれどやはり最後に残るのはカナちゃんに会いたいという、少女の頃と同じ純粋な気持ちで、胸が熱くなります。俗世のしがらみが消え去った後の、幻想的な二人きりのラストがとても心に残りました。良かったです。

17/01/04 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。

小さい頃の出来事は長い時間が経っても心に残っていたりします。
ふたりの聖地はふたりしか知らない時間がそのまま解凍されずに残っている
それを蓮という花に託してみました。

17/01/04 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、ありがとうございます。

ちょっとミステリーな味付けも楽しめていただけたのなら嬉しいです。
純白の蓮は、純粋だったころの少女の心のようなイメージです。

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