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たまさん

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九才の闇

16/10/03 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 たま 閲覧数:1072

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そのmailが届いたのはわたしの誕生日だった。
『お誕生日おめでとうございます。六十五才のあなたに素敵なプレゼントがあります。今すぐお電話ください。Keiko♪』
悪質な勧誘だと思ったけど、その日は朝から雨が降って退屈していた。
『あなたの記憶のなかにだけタイムスリップすることができます。』
Keiko♪はそういった。
未来にタイムスリップできない理由は記憶がないからだという。なるほど、たしかに未来の記憶なんてあるわけがない。
けっして人生は振り返らない。それがわたしの信条だった。たとえ、二十才のころを懐かしむことがあっても、そのころの無知なわたしの生き様は吐き気がするほど嫌なものだった。
『たとえば、亡くなったおとうさまにお会いしたいとは思いませんか?』
父に? いや、会いたくはない。
『あら、どうしてかしら?』
さあ、どうしてかなあ。理由があったとしても、もう忘れたよ……でも、もし、タイムスリップできるなら、九才のわたしに会いたいと思った。

翌日、バスに乗ってKeiko♪の会社を訪ねた。
『血のつながった親族の人たち、もしくは、あなた自身とはお話しすることができません。もし、お話しされることがあれば、違約金が生じますのでご注意ください。』
その違約金については何の説明もなかった。

長閑な田園風景のなかにぽつりと、平屋建ての祖母の家があった。昭和三十年代のことだ。この風景のどこかに九才のわたしがいる。父を亡くした翌年、わたしは母や姉たちと遠く離れて祖母の家で暮らしていた。浅い轍のある、乾き切った赤土の道を歩いて、わたしは祖母の家の前に立っていた。真夏だった。この赤い道でわたしは初めて自転車に乗ることができたのだ。車なんてめったに通らなかった。間口の広い玄関の引き戸はいつも開いている。裏庭で祖母が洗濯物を干していた。わたしはどこにもいない。
そうだ。あそこにいるはず。わたしは田んぼの畦道を歩いて祖母の家から少し離れたため池に向かった。わたしはそこで釣りをしているはずだった。

見覚えのある竹林の傍らを抜けると池にでた。記憶のなかの池はもう少し大きいと思った。九才のわたしは池に流れ落ちる用水のコンクリートの先に座って釣りをしていた。少し背を丸めて水面のウキをじっと見つめている。
「なにが釣れるのかな?」
大きな麦わら帽子が振り返った。あどけないわたしがわたしを見つめた。
「オオサンショウウオ!」
「えっ、ほんとに?」
「うそだよ、そんなの」
やんちゃな目を細めて笑っている。
「でも、いるんだよ。この池に。ぼく見たんだから」
たしかにオオサンショウウオを見た記憶はわたしにもあった。それは大きな台風が通りすぎた翌日のことだった。
「まだいるんだね」
「うん……、ね、おじさんはだれ? おとうさんに似てるね」
「そうだね、似てると思うよ。きみがおとなになった姿だからね」
「ぼく?」
「そう、未来のきみ……あっ、ひいたよ!」
ウキが沈んだ。とっさに竿を上げたけど逃げられてしまった。
「小さいやつ」
わたしはそういって器用な手つきで釣り針に餌をつけた。釣り好きは父親譲りだった。
「ほんとうにおとうさんじゃないの?」
「うん、ちがうよ」
麦わら帽子に隠れてわたしの表情は読めない。
「ね、おとうさんに会いたい?」
「ううん、会いたくない」
九才のわたしがきっぱりとそういった。
「……どうして、どうして会いたくないの?」
「死んじゃったから」
あ……そうか。そうだったのか。九才のわたしはそんなふうに父の死を受け入れていたのだ。まったく、なんてやつなんだ。
「ねえ、ぼくが大人になったらおじさんになるの?」
「うーん、どうかなあ、たぶん、おじさんみたいにはならないよ。もっとすてきな大人になってると思う」
「でも、おじさんは未来のぼくでしょう?」
そうあってほしくなかったから、こうしてわたしはわたしに話しかけたのだ。
「ごめんね……おじさんのわがままだよね……あっ、ひいたよ!」
細い竹竿が大きく曲がった。わたしの細い腕は耐え切れず、思わず手放した竹竿は池のなかに深く沈んだ。麦わら帽子がかすかに震えて小さな肩が大きく息を吐いた
「オオサンショウウオだったよ。ね、おじさん……」

タイムスリップはわずか六十分だった。それで、わたしはKeiko♪に違約金を払うことになったが、その違約金とはわたしの残された人生の半分を支払うというものだった。
「領収書はもらえますか?」
『……いいんですか?』
Keiko♪は怪訝な顔をして領収書を切った。七年分のわたしの未来が消えたらしい。ということは、あと七年の人生か。
「ね、その七年分はどうするの?」
『九才のあなたに与えられます』

なるほど、それはいい。うん、いいね。すごくいい……。





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