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宮瀬晶汰さん

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世界で一番美しい

16/10/03 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 宮瀬晶汰 閲覧数:676

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「おはようございます」
 無機質な声が部屋に響いた。しかし部屋の中にいた男はその声には反応せず、コンピュータを睨みつけながらキーボードを打ち込んでいる。
「朝食の準備が出来ました、旦那様」
 その様子を見てもなんとも思わないようで女はおぼんに乗せた朝食を手近な机の上に静かに置いた。
「それでは私はこれで失礼します」
「待ちたまえ」
 退出しようとしたところを呼び止められた。
「君は、世界で一番美しい数式というのを知っているか?」
 男はそう問いかける。
「いえ」女はそう答えた。「存じ上げません」
「オイラーの等式だ。二つの無理数と最小の自然数1、無の数0二乗するとマイナスとなるiを使って……」
 そこまで喋ると男は女の方を振り向いた。
「いや、よそう。数学に理解の無い者にこんな話をしても、意味が無い」
「申し訳ございません」
「いや、いい。所詮君達と私は違うのだ。数学の美しさを理解出来ない」
 ならば、と。男、数年前まで天才物理学者と言われた男は言った。
「だからこそタイムマシンという、誰も踏み入れられなかった領域に私はたどり着くことが出来るのだ」
「はい」
 女は無感情に、無表情に。ただ頷いた。
「私にはその資格があった。神に認められたのだ。時を越えること。それを許された。だからこそ神は私に知識を与えたのだ」
「旦那様の頭脳は、理解しております」
「黙れ。お前なんぞに理解出来るものか」
 ぴしゃりと言い放つ。女はすぐに謝った。
「申し訳ございません」
「いい。自分の領域を理解出来たのならばな。自分の限界と領域を理解すること、それが大切なことなのだ」
 どこか誇らしげに言う。
「もちろん私も自分の領域を理解している。私の領域を持ってして、こうしてタイムマシンの完成にこぎつけたのだ」
ふたたびパソコンの前に体を向けると、キーボードを打ち込み始める。ディスプレイには様々なソースコードが刻まれていく。
 それを見てると女は一礼して静かに部屋を出て行った。

 しばらくして再び女が部屋に入ってきた。
「失礼します」
 男からの返事はない。
「今晩の夕食はいかがなさいますか?」
 しかし、まだ、返事はない。
「ご要望が無ければこちらで品を考えておきますが」
「……カレー」
 と、そこでようやく男が口を開いた。
「カレー。今夜はカレーだ」
「……かしこまりました」
 女は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに礼をすると引き下がっていった。
「もうすぐだ……」
 女が退出した後の部屋で、男は声を絞り出す。
「もうすぐ、お前に会える」
 ゆっくりと立ち上がると、奥の部屋までのろのろと歩いてくる。その部屋はとてつもなく冷たい空気が流れている。
「もう一度、お前に会うことが出来る。そしたら、もう一度、カレーを作ってくれ……」
 ディスプレイ横には男と、もう一人のツーショット写真。過去に、男が愛した女性だった。
「私がタイムマシンを使って、もう一度、君に会いに行く。そうしたら君は、死ななくて済むんだ」
 冷たい部屋の真ん中。ガラス張りになっている、ケースの中にいる、私に向かって。
 男は、すがりつくような目でそう言った。
「君の死体をいつまでも保存し、こうして毎日あった気になっている私に、もしかしたら君は失望するかもしれない。私から離れて良くかもしれない。それでも、君を失うよりはよっぽどましだ」
 懺悔を終えると、男は元の部屋に戻っていった。しばらくすると女がカレーを運んできたのでそれを食べた。

 実験室のような部屋の中で男はコードで繋がれたヘルメットのような機械をかぶっていた。
「いつでもいい。いつでもいいからそのボタンを押してくれ」
 部屋の外に居る女にそう頼む。
「かしこまりました」
 マイクから、女の声が響いてきた。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
 その言葉に返答を返す暇も無く世界は白転した。
 気がつくとそこは十三年前の世界だった。
「やはり、私は神に選ばれた人間なのだ……!」
 男は目的を達成するために東奔西走した。自分との待ち合わせのために急いで来たため事故にあって死んでしまった自分の最愛の人間を救うためだ。
 十三年ぶりに、生きている最愛の女性を見て、わずかに涙ぐみながら話しかけた。
「すみません、駅に行きたいのですが……」
 これでいい。このわずかな時間が、彼女を事故から救ってくれる。男はそう確信していた。バタフライエフェクト、というものだ。
「これでいい。これで……」
 男はこうして自分が生まれてきた意味を改めて実感すると元の時代に帰って行った。

 しかし、最愛の女は目覚めなかった。調べてみると、八年前に電車の脱線事故に巻き込まれて死んだようだった。
 その夜男は夢を見た。人の死は決して逃れられないと言われる夢だった。


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