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比些志さん

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一分後のオレ

16/10/01 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 比些志 閲覧数:838

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ある日からとつぜん、あいつはオレにはなしかけるようになった。あれはたしか強風にあおられて、点検中のマンホールに頭から落っこちそうになった時からだ。あいつはオレだが、いまのオレではなく、一分後のオレだという。あいつにはオレが見えるらしいが、おれにはあいつの姿は見えず、ただ声だけがきこえる。あいつはオレなのにいつもオレの悪口ばかりをいう。いつもドジばかりふんでいるオレもたしかに悪いが、それをあしざまにネチっこくいうのはあまりにおもいやりにかけるのではないか?そもそも、あいつは、オレの失敗のおかげで、いろんな問題を事前に回避できるから、そのぶん得をしているはずだ。我ながらつくづく性格の悪いやつだとおもっていた。
ところが先月、オレは事故にあった。車にひかれたのだ。命に別状はなかったが、左のふとももを骨折し、一週間入院した。それと同時に一分後のオレの声も聞こえなくなった。
その後退院してしばらくして、またふしぎなことが起きはじめた。こんどは一分前のオレの姿が見えるようになったのだ。
まわりはだれも気づかないが、オレだけにははっきりと見える。その姿はどこからどう見てもオレそのものだった。ただしそいつは、オレのように松葉杖をついていなかった。オレはそれを見てはっきりとさとった。あいつは一分後のオレであり、オレが事故にあったのを見て、直前で進路を変え、事故を免れたのだ。そのために、時間的なズレこそあれ、おなじ線上をあるいていたはずのたがいの人生が一時的に枝分かれしてしまい、ようやく元の一直線に戻ったところで、こんどは生きる順番が入れ替わったのだと。
オレはいままであいつから受けた恨みつらみをたっぷりお返ししてやることにした。
そして次の日からオレはいつも目の前を歩く一分前のあいつの耳元にネチネチとイヤミをささやいた。しかしだからといって、オレはさほど得もしないことに気がつかされた。というのもたしかに一分前のオレの失敗を修正すれば、いろんな問題を事前に回避できるのだが、一分という時間はあっというまであり、すぐに代案を思いつくほどの余裕もない。そもそも、そんなに簡単に代案が思いつけば、失敗などしょっちゅうしないのだ。そして、さらに重要なことに、もし代案を実行できたとしてもオレとあいつの人生はまた枝分かれしてしまい、その結果、元の順番にもどるかもしれないし、このまま一生軌道修正できず、どんなかたちでもふたたび出会うことはないかもしれない。それよりは、すくなくとも一分後に起きることを事前に予知できる今のかたちを維持したい。それだけでもじゅうぶん心の準備にはなる。そしてほんとうに命にかかわるような時だけ、この力を活用して、危険を回避すればいいのだ、とおもうようになった。
だからせっかくの特殊能力だというのに、その後もオレは、一分前に上司から怒られるとわかっても甘んじて上司から叱られる道を選択せざるをえなかった。
また、それゆえに一分前のオレに対するオレのイヤミはますますどぎつくなったのだが、同時にオレは一分前のオレが一分後のオレだったときもまったくおなじ気持ちでおなじことをしていたことに気がついた。大事件でもないかぎり、あいつもこのまま一生オレの背中を見ながら生きてゆこうとおもっていたところへ、オレが国道で乗用車にとばされたものだから、このままでは自分まで死ぬとおもい、その現場から一目散に逃げたのだろう。
だからーーーオレも、あいつがオレに対してそうしたように、大事件でもおきないかぎり、あいつの行動を忠実になぞりながら楽して生きることにした。しかし、その大事件が起きてしまった。今朝の通勤電車の中で、なんと一分前のオレがチカン扱いされたのだ。もちろんオレも一分前のオレもチカン行為など天地神明に誓ってしていない。けれど、若い女子大生ふうの女性が、立錐の余地もない公衆の面前であいつの右手をつかまえたまま、たかだかと上にあげ、「このひとチカンです!」とさけんだのだから絶体絶命だ。
オレはいまこそ代案を実行するときだとおもった。しかし、すし詰め状態の快速電車の中には逃げる場所などどこにもない。そこでオレは身の潔白を体で表すため、とっさに両手を頭上にあげた。
ところが電車が突然急ブレーキをかけた。オレはバランスをくずしたが、それでも両手をあげたままの姿勢でふんばりつづけた。しかし。電車が急停止したときの反動で、オレの体は両手をあげたままそっくりかえった。オレはけんめいに両手をつきあげて、なにかにしがみつこうとした。しかし、オレがつかんだのは、運悪くよりにもよってその女子大生の両腿だった。 了


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