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アシタバさん

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天賦の才を持つ男

16/10/01 コンテスト(テーマ):第119回 時空モノガタリ文学賞 【 お笑い 】 コメント:0件 アシタバ 閲覧数:831

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 その日、いつものように通学のためバス停に並んでいた。
 そしたら赤ちゃんを抱きかかえたお母さんが隣にやってきて、赤ちゃんが「びゃー」と泣き始めてしまった。お母さんが一生懸命あやすのだけれど泣き声がおさまる様子は微塵もない。隣でやり過ごそうとしていたら赤ちゃんの泣き顔が目に入った。
 すると、僕の心のなかで何かのスイッチがカチリと入る音がした。
 おもむろに両手で顔を覆う。そして、赤ちゃんとお母さんの方をむく。
「えっ、なんですか?」
 警戒されてもめげずに、呪文のように唱えだす。
「いないいなーい、いないいなーい」
 たっぷりと言い終えたら、勢いよく両手を離した。
「ばあ」
 今出来る渾身の『へんな顔』だ。赤ちゃんはポカンとした表情だったので(やべ、滑ったか)と内心後悔をした。
 しかし、すぐにニンマリとして、キャッ、キャッと声をあげて笑ってくれた。
「おおっ、笑った。やったぜ」
 体験したことのない激しい喜びが体中の細胞をほとばしっていく。それが勢いあまって口から出てきてしまった。そのせいでお母さんまでもが笑いをこぼしている。正直ちょっと恥ずかしかったけど、それ以上に笑ってくれて嬉しかった。
 その時、僕は決めた。将来はお笑い芸人になろう。そして、たくさんの人を笑わせるんだ。

 いつの日か必ず。この夢は絶対だ。

 ※※※

「最後に食いたいものはあるか?」
 車には三人の男が乗っていた。
 車を運転するのはチンピラ風の若い男、後部座席には黒いスーツを着たスキンヘッドの男、その隣にヨレヨレのTシャツを着た中年の男がいた。中年男の大量にかいた汗の臭いが狭い車内を漂って鼻につく。
「おい、答えろよ」
 スキンヘッドが今にも吐きそうな顔の中年男に返事を求めた。
「食欲ないです」
 か弱い声を聞くと「そうか」とだけ言ってあとは黙った。
 車はどんどん街を離れて人気のない夜の山間部へと走っていく。車を降りてからは暗い山道を懐中電灯の明かりを頼りに歩き続けた。小枝を踏んだ音にすら中年男は神経質に何度も反応した。
「ここでいいか」
 立ち止まったスキンヘッドが懐中電灯の明かりを中年男の顔にむける。
「お前、お笑い芸人になりたいんだってな」
 中年男は力なく首を縦に振った。チンピラは少し離れた場所でかったるそうに煙草をくわえている。
「お笑いも路上ライブやるんだな。知らなかったよ」
 スキンヘッドは薄ら笑いを浮かべて中年男の反応を楽しんでいた。
「そこでお前の芸にケチつけて、喧嘩して、頭に怪我くらわせた相手がウチの組で幹部やってる人の息子さんだと知ったとき、お前どう思った?」
 中年男は答える代わりに震えだす。
「笑えねえよな。だが救いはあるんだぜ」
「へあ?」
 涙と鼻水があふれはじめた中年男がおかしな発音の返事をした。
「その幹部の人はな、前々から息子さんの粗っぽさに眉をひそめていてよ、今回のことも全てお前が悪いとは思ってねえんだ」
 そこでだ、とスキンヘッドが中年男に顔を寄せる。
「だからチャンスをやる。芸を見せてみろ。お前が面白い芸人だと俺が思ったら、今回は息子さんが難癖つけたことになる。不問だ。だが、つまんなければ、お前が客の意見に逆切れしたってことになる。あとはどうなるかわかるな?」
 時間をおいて中年男は何とか話を飲み込んだ。こいつを笑わせれば今の状況を抜け出せるのか? けど出来るのか? そう悩んだが、ふと見ると煙草を吸い終わったチンピラが何かをいじっている。暗かったがちらりと見えたそれは紛れもなく拳銃だった。
 答えは一つしかない。
「や、やりまず」
 鼻水で声がおかしくなっていた。それでも震える体を何とかなだめて、スキンヘッドに向き合う。涙で濡れていた中年男の目に光が宿った。
 僕の全てを出し切る。あなたを笑わせてみせる。
「聞いでくだざい」
 ネタが始まった。

 ※※※

「クソつまんなかったすね」
 チンピラは車を運転しながら助手席のスキンヘッドに話しかけた。
「そうだな」
「なのに、なんで助けたんすか?」
 スキンヘッドは笑いながら頭をかいた。
「はじめから殺す気なんてなかったよ。ただ、舐められたままなのもいかんだろ」
 後部座席には白目をむいて気を失っている中年男がいた。
「ウチはなんだかんだ言って本当に甘いですよね」
 チンピラがため息をつきながら納得しかけるとスキンヘッドは「でもな」と遮った。
「俺は本当に殺せと言われても、あいつを助けたよ」
「え、なんでですか?」
「あいつ俺達が全然笑わなくてショックで気絶しただろ。あの時お前はよく見えてなかったんだろうが、あいつが気絶する間際に見せた顔がさ、ぷっ」
 スキンヘッドは思い出し笑いをこらえながらこう言った。
「今まで見たことねえや。あんな『へんな顔』」


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