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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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お通夜の席で

16/09/28 コンテスト(テーマ):第119回 時空モノガタリ文学賞 【 お笑い 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:831

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お通夜の席でのことだった。ながいあいだ病でふせっていた友人が、この秋の終わりに家族たちにみまもられながら息をひきとった。
その彼が横たわる棺を前に、みんなは厳粛な面持で向いあっていた。ひとり、故人の姪がつれている物心もつかない子供が、あたりをはばからない声をはりあげて笑っているのがかえって人々の悲しみを誘った。母親が叱りつけると、子供は、そんな母親が面白いとみえ、ふたたびげらげらと笑い出すのを、座敷にすわる面々は、表情ひとつ動かすことなくながめている。
私は、さきほど棺のなかにみた、物言わぬ友の顔に胸をふさがれ、いまにも涙があふれそうになり、なんども歯をくいしばった。友の親族ばかりがいならぶこのなか、厳粛な空気をぶち壊すなどとんでもない話だった。
「江島くん」
声をかけて来たのは、友達の兄さんだった。これまで度々顔をあわせていたが、ゆっくり言葉を交わすのはこれがはじめてだった。
私は型通りの挨拶をすますと、臨終のときの友の様子をたずねた。
「それまでふつうに話をしていたとおもったら、急に静かになって、あとは眠るように死んでいきました」
「それじゃ、苦しむことはなかったのですね」
「それはなかった」
「なによりです。だけど僕としてはもういちど、彼に目を覚ましてもらいたいです」
「ありがとう。棺の中に、目覚まし時計でもいれてやろうか」
ふだん兄さんがこんな冗談を言う人なのかどうかは知らない。がいまの言葉は私の頭のなかに、目覚まし時計のベルの音に、棺の中で友がとびおきる姿をイメージさせた。それだけならまだしも、棺の蓋にゴツンと頭をぶちあてる光景までありありと思い浮かんだのだった。そのとき、誰かがおしぼりの袋でも叩き破ったのか、パーンという音が異常なまでに大きく室内に鳴りひびいた。
「これから、寂しくなりますね」
するとそこへ、兄の妻がやってきて、私にむかって深々とお辞儀をしたので、私も額を畳にすりつけた。その拍子に、隣で正座していた中年男性の靴下の親指に穴があいているのがみえた。靴下に穴があいているぐらいなんてことはないと私は自分にいいきかせた。するとその靴下の男性が、そっと手を足のほうにのばして、穴の周囲を指でつまんで、指と指のあいだにむりやりはさみこもうとしているのがみえた。兄の妻が、その様子にじっとみいっている。それこそ穴があくほど、じっと………
「弟との思い出があれば、きかしてほしい」
兄さんにうながされて私は、友と山にキャンプにでかけたときのことを話しだした。谷川で、あたりに誰もいないのをいいことに、ふたりとも素っ裸になって泳いだことを語った。話しながら私は、泳いでいるときに、岩の上においていた衣服が風にとばされ、あわてて二人でおいかけようとすると、茂みでみえなかった女性のグループのまえにとびだしてしまい、大騒ぎになったことまでおもいだしてしまった。そのときは、恥ずかしさのあまり頭のなかはまっしろだったのが、いまおもうと、女たちのまえで固まってしまった友の様子がおかしくてならなかった。が、ピクリとも頬を動かそうともしない兄さんの手前、私はしいてしかつめらしい態度をたもちつづけた。
そこへ、遅れてやってきた男性が、焼香のためにせかせかした足取りで祭壇前までいく途中に、だれかの足をふんづけたらしく、女の声で痛いというのが途中で我慢したためかゾウにも似た鼻息にかわった。
焼香目的の男性は謝るかどうか迷ったあげく、結局鼻をすすりあげただけで焼香台の前にたった。突然その上半身がいきなりそりかえったとおもうと、こんどは前に大きく傾きざま、とてつもないクシャミがおこり、男の眼前で香炉の灰がもうもうとたちのぼった。顔じゅう灰だらけになりながらも、神妙な顔つきでひきさがっていく彼をみてもだれひとり、この珍事に相好をくずすものはなく、ただひとり祭壇にかけられた遺影の中で友だけが、屈託のない笑みをうかべているだけだった。いや、あとひとり、例の子供が、こちらは不躾もいいとこで、それこそ腹をかかえてころげまわるのを、母親が叱りながら追いかけていた。
そのありさまをみて、もはや限界にたっした私は、友達の兄から断わりもなくはなれると、通路にむかってとびだしていった。じつをいうと私は、いったん笑い出すととまらなくなる性格で、これまでなんとか我慢してきたのだった。
あたりに誰もいないことを確認してから、たまりにたまった笑いを爆発させようとしたやさき、私が後にしてきた部屋から突然、すさまじい笑い声がおこった。他人の私のてまえ、それまでこらえにこらえていた親族一同の口からいまいっせいにおこった笑いだと私はまもなく理解した。
楽しいことのなにより好きだった友もきっと、あの世でいっしょになって笑っていることだろう……。そうおもうと、私は声に出して泣きだしていた。


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