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クナリさん

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showmans & swordsmans ――井上源三郎

16/09/27 コンテスト(テーマ):第119回 時空モノガタリ文学賞 【 お笑い 】 コメント:5件 クナリ 閲覧数:1181

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 井上源三郎は、新撰組の六番隊組長である。
 局長の近藤、副局長の土方、一番隊組長の沖田らとは天然理心流の一派として、多摩から京都まで苦楽を共にしてきた仲だった。
 彼らよりも大分年上で、好々爺然とした性格から組の中でも親しまれており、剣の腕は一流とは行かなかったようなのだが、人望はとにかく厚かった。

 ある年、夏の手前の時分である。
 井上は六番隊の数名と共に京の街を警邏していた。ふと、応相寺の石段の下に人だかりを見つけた。
「何だろう」
「組長、あれは芸人ですよ」
「しかし、道具も持っておらんよ」
「最近は話術だけで人を笑わせる芸人が、二人か三人で笑い話を聞かせるっていうのが流行り出してるんです」
 そりゃ剣振って切った張ったするより何ぼもいいか分からんね、と井上は口の中で呟いた。
 井上は、格別武士を志した訳でもなければ、立身出世を望んだ訳でもない。ただ、一緒にいると居心地が良い上に、腕は立つがどうにも放っておけないような同門の若者の傍らを歩く人生を選んだだけのことである。
 それが、気がつけば新撰組の六番隊まで預かる身になってしまった。
 剣は楽しい。強さは有り難い。それを否定する気はさらさらない。しかし。
「どれ、ちょっと覗いて行こうか」
「我々が近づいたら、蜘蛛の子散らすように町人は逃げてしまいますよ」
 切ないねえ、とまた口中で唱え、それでも井上は耳だけはそばだてた。街角の話芸というのがどんな代物なのか、興味は大いにある。
 近過ぎず遠過ぎずで通り過ぎようとすると、三人ひと組らしい芸人の会話が聞こえて来た。さすが、声の張り方も堂々としたものである。
「ヤアヤア我らは上方芸人、楽しんでいただければハア重畳。恥ずかしくも演目掛けましたるは……」
 ゆっくり歩けば話の落ちまで聞けるかな、と思ったが、いくらも聞かないうちに寺の石段は後方に消え、彼らの話も途中になった。
 井上は、深く深く嘆息した。
 剣を否定する気はさらさらない。しかし、その因果に嘆息したくなることは、珍しくもない。

 太陽は西に沈み、三人の芸人は片付け支度を終え、宵闇の路地を歩いていた。
 繁華街からは離れた通りなので、人の気配はほとんどない。
 そこに、黒のだんだら模様を羽織った四人組が立ちはだかった。
「な、何ですあんたら。あッ、み、壬生浪」
「そこもとら、どこへ行く。この先は長州屋敷だ」
「し、仕方ありません。私らの帰り道ですから」
 その時、三人の背後にもう一人の影が差した。上がり始めた月を背にしているが、その威風は前方の四人を上回る。その影が喋った。
「ほう、そうかね。なら、上方芸人とやらの君達が、長州訛りを隠した話し方をするのはなぜなんだろうね。まさかここに来て、今日これから長州屋敷に駆け込むような真似はせんだろうが、今後しばらくは見張らせてもらう。市井の声を集めんとする間者も多い。濡れ衣なら申し訳ないが――」
「おい、壬生浪。何を偉そうに述べてやがる」
 気色ばんだ芸人の一人を、他の二人が慌てて諫めた。しかし、
「お前ら、長ドス抜けッ。後ろは爺ィ一人だぞ」
 新撰組に疑われたが最後という評判が広まったせいで、最近は敵が正体を晒すのが早い。
 三人は次々に刃を抜き、一人立つ井上目がけて殺到した。井上はまた嘆息する。
「やれやれ。今日はせいぜい忠告か――」
 芸人のうち二人は上段、先頭の一人は横薙ぎの体勢を取った。
「かまをかける程度のつもりだったのだがね」
 剣の腕がさほど立たないと言っても、井上が昔から稽古で相手取っているのは、近藤・土方・沖田をはじめとする、当時日本に比類なき猛者である。
 井上が抜いたのも、擦り上げるように先頭の面を打ったのも、三人の誰にも見えなかった。ただ先頭の一人が即死するのを見て、他の二人は慌てて突進を止めた。
 そこに、一足飛びに追いついて来た四人の刀が振り下ろされる。背中から切りつけられた形になって、残り二人もひとたまりもなく即死した。
「月を背にする、儂のようなボンクラ剣士に、君達、それじゃいけない。だが、これも因果かね」

 翌日の昼、屯所の食堂で、井上が一人茶を飲んでいた。手元には紙があり、井上がうなりながら何やら書きつけている。
 そこへ沖田がやって来た。
「何してるんです、源さん」
「何か笑い話でも書いてみようと思ったんだが、なかなか難しいね。ことに因果なのがね、」
 井上は懐から短冊を取り出した。沖田が、そこに書かれている文字を読み上げる。
「しれば迷いしなければ迷わぬ恋の道……土方さんの句ですね」
 沖田は、既に噴き出しかけている。
「儂が頭をひねって書いた笑い話より、副長が涼しい顔で書いた俳句の方が、余程笑えてしまうというのがなあ」
 二人は、多摩にいた頃と同じ調子で、カカと笑った。


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このストーリーに関するコメント

16/09/28 クナリ

この作品はフィクションであり、実在の地名・組織名・源さん等とは一切関係ありません。

16/10/04 あずみの白馬

拝読させていただきました。
フィクションでありながら、井上源三郎さんが実際こういう人物ではないかと思わせる描写がよかったです。
笑い話とは本当に難しいものですね……。

16/10/06 クナリ

あずみの白馬さん>
自分の歴史物は、ほとんど源平合戦と幕末(というか新撰組…)に偏っているのですが、はっきり言ってキャラ萌えなので(^^;)、大変嬉しいお言葉です!
みんな大好きぼくらの源さん、という感じが出せていれば嬉しいですッ。

16/10/24 みんなのきのこむし

拝読しました。
井上源三郎の性格が、とてもそれらしく、強さの描写にも説得力を感じます。
欲を言えばフィクションでも芸人の会話が漠然とした「長州訛りを隠した話し方」ではなく、「あります」「行きよる」といった山口弁を一、二箇所入れたものだともっといいと思いました。

16/10/28 クナリ


みんなのきのこむしさん>
コメントありがとうございます。
作品内で歴史を扱うことの難しさ、痛感しております。。。

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