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タックさん

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本屋大賞

16/09/26 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:1件 タック 閲覧数:844

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「本屋くん、店、継いだんだ」
「ああ。昔からの、夢だったからな」

書店の内装は昔と変わらず、記憶通りの風景を残していた。
十余年ぶりに再会した僕たちは驚き合った後に気恥ずかしく笑い、狭い書店内において旧交を温めた。
書店奥のスペースに視線を送れば、そこにはコーナーが派手なポップと共に展開されていた。
変わらぬ風情に僕は苦笑し、懐古に二人は、小さく声を漏らした。

「まだ、やってるんだね。本屋大賞」
「そう。店継いでから新たに、始めたんだよ」

「本屋大賞」は情熱をそのままに、代替わりした書店を彩っていた。
懐かしさと同時に心に影が差すのを感じ、十余年に起きた事象を、僕は思い出の場所に回顧していた。



本屋くんとの出会いは、高校時代に遡る。
読書が趣味で親しくなり、気づけば文学論を語り合う仲になっていた。
当時の僕らは本の趣味も違っていたために相手の本を軽視し、言い争うこともあったが、友好の範囲内であり、交友は続いた。
本屋くんとの交友は、僕を成長させた一つといって差し支えないものだった。

当時の僕は本の虫を公言し、本への見識にも相応の自信を持っていたが、今にして思えば本屋くんの本に対する愛情は僕を遥かに上回るものであり、それを後押ししたのが「本屋大賞」だった。
本屋(もとや)大賞と名付けられたそれはあの有名な賞より前に設立された賞であり、本屋くんの主観によって大賞が決定される、個人的かつ狭小な賞だった。

名は体を表す通り、本屋くんの実家は個人書店を経営し、その権限を十分に活用した彼は本屋(もとや)大賞を書店内に設置しては、自分が面白いと考える本を順位付けて並べていた。
流行から外れ、時に僕にも面白さの理解できない本の選出が多々あった本屋(もとや)大賞が好評を博す様子は見受けられなかったが、それでも人知れぬ傑作を選出する賞に僕は少なからず感化され、本屋くんの情熱と審美眼に感嘆することもまた多くあった。

本屋くんとはそれぞれ遠方の大学に進学したことで連絡も途絶えがちになり、近年は邂逅することもなくなっていた。
しかし大賞作の多くは本棚に大切に保管され、本に喚起される思い出を日々に静かに味わうことも少なくはなかった。

月日の経過に陰鬱が心を支配し、東京から帰郷した僕は、そうして本屋くんとの再会を迎えていた。
それは意図しない、だがどこかで期待していた、心の針を戻す出来事だった。



本屋(もとや)大賞のコーナーに近づき、有り様を眺める。
ポップは記憶より派手に装飾され、宣伝文は遥かに強度を増しているようだった。
――年月を経てなお、熱く燃えているようだ。
そう思い、現在の趣向を知るために声なく笑いつつ本を取ろうとした際、
――僕の手は空間に停止し、
――予想外の光景に、心臓が高く音を鳴らすのを、熱を持つ頭に聞いた。

本屋くんが自然に真横に立ち、僕に代わるように、その本を手に取る。
慈しむように、表紙を撫でる手。そして僕に視線を向け、微笑と共に穏やかに尋ねた。
「――この本さ、本当に、面白い本なんだ。――この本、知ってるか?」
それに震えを抑制した僕は頷き、心中において、言葉を発する。
――知らないはずがない。なぜなら、その本は。

――僕の書いた、世間にまるで評価されなかった、一冊なのだった。



大学卒業後、数年してデビューが決まり、作家になった。
ペンネームを付け、素性を隠し、作家として生きる喜びに、一時浸っていた。
デビュー作が僅かながら評判を取ったこともあり、編集者の期待を受けた僕は二作目を書き、三作目も刊行することができた。
だがそれらは多くの期待に反して売れず、編集者も周囲も徐々に、離反していくのを感じていた。
そうして起死回生と執筆した四作目も耳目は集められず、絶望した僕は人生のやり直しを考え、屈辱の果てに地元へと帰った。
本屋くんとの再会は、その苦境のなかの事象だった。
本屋くんが選出したのは、最も力を込めたと自負した、四作目の作品だった。



連絡先を交換した後に再会を誓い、東京へと帰る駅に向かった。
作家として足掻こうと思っていた。無様でも不必要でも良い。縋りつき、本屋(もとや)大賞受賞を糧に立ち上がろうと心に決めていた。
純粋でない疑惑は頭を埋めている。しかし――どこかで僕の本と知り、温情で選んだ可能性――は、本を読み込んでいなければ表れない本屋くんの僕の本への的確で温かい書評が限りなく薄くし、喜びと奮起が、代替に体を満たしていた。
――作家として、生きたい。
盟友に認められた喜悦が東京への足を速めさせ、新たな目的に、故郷の風景を見ながら僕は帰京の途についた。

本屋くんのSNSが小さな評判を呼び、僕の本の評価も少しだけ上がったのは、五作目を刊行した後のことだった。


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このストーリーに関するコメント

19/01/30 雪野 降太

拝読しました。
自信を失くしているところに、気遣い関係無しの評価というのは本当に嬉しいものですね。主人公が一歩踏みとどまった気持ちが伝わってきました。加えて、蛇足ですが、件の大賞は名称もデザインも商標登録されていると初めて知ることができました。
読ませていただいてありがとうございました。

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