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ケイジロウさん

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絵本20冊分の打算

16/09/26 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:688

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 昨日製本されたばかりの絵本が20冊入ったリュックサックを背負い、本田代美子は<○×書店>から出てきた。まだ日の入りまで時間があるはずなのだが、外は薄暗かった。秋の風が夏服の代美子には冷たく感じられた。
 <○×書店>は、代美子が今日訪れた10店目の本屋だった。朝、家を出るときの、「20冊で足りるかしら」という代美子の予想は大きく外れ、まだ一冊も店頭に置かせてもらえていない。
 できるだけ小さな、個人経営の本屋を選んで営業したのだが、代美子が想像していた、いい意味でのバカな店主にはまだめぐりあえておらず、打算的な冷たい目に代美子の営業意欲は徐々にそがれていった。客として入ったことのある店にもいくつか行ったが、その時感じた、素朴さや、誠実さや、純粋さをそれらの店の装飾から感じられることはなくなっていて、すべてお金に直結している小道具にしか代美子には映らなかった。
「あの店主、白い髭を生やせば箔が付くとでも考えているのかしら……」
 代美子はバス停のベンチに腰を下ろしながら、そう心の中でつぶやいた。
 ほとんどの店主は、代美子の訪問の要件がわかると、絵本を開くこともなく「退場」を命じた。一部の店主は、絵本の表紙は見てくれたが、それは横目でチラッと、一瞬の観察であった。そんな見方で売れるか売れないのかわかるものか、と代美子は抗議したかったが、「こんな店主のもとに私の宝物を預けられるか」と背中に言わせて、すぐに店を辞した。
 営業畑に40年ほどいる代美子の父が、「飛び込みはそんなに甘くないぞ」と昨夜言っていたのを代美子は思い出した。代美子は絵本の適当なページを開いた。字が小さすぎるのだろうか、と一瞬代美子は思ったが、すぐにその考えを打ち消した。
 何が悪いのか、何が悪いのか、何が悪いのか……、私が悪いのか。私の30代という年齢が悪いのか、私の平凡な外見が悪いのか、私の暗い話し方が悪いのか、私の存在が悪いのか、そうだ、絵本は何も悪くない、悪いのは私なんだ。代美子は絵本をパラパラとめくりながらそんなことを考えた。
「あのーその絵本、僕に売ってくれませんか?」
 代美子は驚いて、何千回と読んだ絵本から顔をあげ、声の方を向いた。いつの間にか代美子の横に、作業服姿の青年が座っていた。彼がいつから座っていて、いつから絵本をのぞき読んでいたのか代美子には分らなかった。青年は下を向いたまま、
「あ、すみません」
 と言ったまま黙り込んでしまった。
 あたりは暗くなっていた。青年は煙草に火をつけ、もう一度、すいません、と代美子に謝った。青年は立ち上がり、煙草をスパスパとあわただしく吸った。バスの時刻表を見てから、また新たな煙草に火をつけた。
「あのー、」
 代美子は少し離れたところにしゃがみ込んでいた青年に声をかけた。
「いくらで買いますか?」
 青年は、驚いた顔をして目をパチパチとさせた。
「あー、えー、いくらですか?」
「いや、いくらなら買いますか?」
 代美子は、この青年との交渉を楽しんでみたい気分になり始めていた。
 その後、「いくら?」の交戦を5度ほど繰り返した。青年は相変わらず少し離れたところにしゃがみ込んでいた。薄暗くて青年の顔はぼんやりとしか見えないが、この青年は冷やかしで絵本を欲しいと言っているのではない、と代美子は感じた。そして、代美子の生まれて初めての創作物のお客様は、この青年になると代美子は思った。この際、あげても構わない、と思うほど、この青年に親近感が芽生え始めていた。
「じゃあ、100円でどうでしょうか?」
 青年は遠慮気味に言った。
 代美子はその額にビックリした。この絵本の印刷代、一体いくらだと思ってるの?と代美子は心の中で叫んだが、表情には出さないように努めた。
「すみません」
 と青年はまた謝った。
 代美子はしばらく迷った挙句、この絵本をこの初対面の青年に贈ろうと決めた。しかし、ただではなく、この絵本の感想を聞き出そう。それとなぜこの絵本を欲しいのか?誰かに贈るのか?それは誰なのか?100円という価格の根拠はなんなのか……、代美子は青年に聞いてみたい質問を頭の中で並べてみた。
 青年は、また、すみません、と言って歩いて行った。缶コーヒーでも買って、また戻ってくるだろうと代美子は思っていたが、その青年は戻ってこなかった。
 バスが代美子の座るベンチの前に停まり、運転手が代美子に乗るのかどうか目で聞いて来たので、代美子は慌てて首を横に振った。
 バスは代美子の前から去った。
 代美子は青年が先ほどまでしゃがんでいた場所を見た。青年の日焼けした腕と汚れた作業着を思い出した。
 私は、なんて打算的な女なんだろう……
 代美子は、20冊の絵本が入ったリュックサックを背負うと、暗い秋の路を歩き始めた。


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