水面 光さん

■ホームページ「水面文庫」 http://www.minamo-bunko.com/ 忙しい中でも身を粉にして執筆活動しております。ジャンルとしては現代ファンタジーが中心でございます。よろしくどうぞー

性別 男性
将来の夢 物書きでメシを食う
座右の銘 人の心は変わらないから自分が変われ

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LOL

16/09/26 コンテスト(テーマ):第119回 時空モノガタリ文学賞 【 お笑い 】 コメント:0件 水面 光 閲覧数:823

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「母さんがカレーを残らず食べた」滅多に笑わない私が笑ったのはあの言葉を──いや、正確に言うと言葉ではなく、感覚と言ったほうがいい──この皺なし矮小脳で実際に感じたとき以外を挙げるのが非常に困難だった話をしよう。別に私は笑いたくないから笑わないんじゃない。笑えることがこの世界に何一つないからだ。腹を抱えて大笑いしたことが生まれてこのかた一回もない。笑ったら笑ったでそれをよく思わないやつらがたいてい居る。私はビビってるわけじゃない。ただ本当に笑えることがほんのケシ粒くらいあればそれで事足りる。しかし、実際はない。微塵もない。テレビのお笑い番組なんか観たって無駄だぜ? 営業妨害だと言われそうだが、あんなもの観て笑うのは本当の笑いじゃない。「母さんがカレーを残らず食べた」──しけこんだことを言うようだが母さんが脳卒中で倒れたのは三年前の夏だった。倒れてから二週間とちょっと生きてた。そうとも、間違いなく生きてたんだ。「あんたが調子悪いと母さんも調子悪いんよ」確かに母さんはそう言った。だから私も、「母さんが調子悪いと僕も調子悪い」と言って病床の母さんを困らせた。たぶん、困ってたと思う。ある日の病院食がカレーだった。母さんは吐き気がするのにカレーを懸命にほおばった。私はそれを見て母さんが元気になることを確信した。しかし、ドレーンをはずされたあと、急に脳梗塞になって、感染症まで併発し、体が動かなくなり、呼吸しかしなくなり、そして何もかもが停止した。ご存じと思うがこれがいわゆる死というものだ。軽いぜ? 人間の命は他の生物となんら変わりないという法則が信奉できない連中は確実にアマちゃんだぜ。なぜなら、生きていることは奇跡であるにもかかわらず、つらいことのほうが多いこの世界をまるでわかってないからだ。命なんて簡単になくなるし、人間と虫ケラは同等の命だし、重さなんてない。いや、重さがあるとしたら少なくとも地球よりははるかに軽い。私の意見がもし間違っていたら人殺しは今すぐなくなるはずだ。戦争はなくなるし、テロなんぞも起こらない。命が軽いから人殺しをするのだろう? 母さんの命も同じだった。軽かった。しかし私にとっては何よりも重かった。そして──そして私にはあの感覚だけが残された。「母さんがカレーを残らず食べた」あの感覚としか言いようがない。無理やり言うとしたら、「希望」だ。笑うという行為は希望を感じてるからするものではないか。そうだろ? あれから三年経った今、私は心の底から大笑いしたくてたまらない。でも、アハハって笑うんじゃない。全然違うんだよ、お笑い番組を観て笑うのとは確実に。──「昨日、渡すの忘れてて」「ああ、いいですよ」「サービスですから」コンビニではもう顔パスだ。私は笑いたかったが何度も言うようだがアハハって笑うんじゃない。──「これ食べてください」父方の実家の田んぼの草刈りが一段落してタオルで顔の汗を拭いているといきなり声がした。「え?」「わたしK子です。T君でしょ? 憶えてる?」「ああ、K子さんか、あの足の速かった」「そうそう。これどうぞ、おむすび」「わあ、ありがとう」「一人じゃ大変でしょう?」「まあ、ぼちぼちやってますよ」「じゃあね」「ありがとね」私は例によって笑いたかったがこれ以上はもう言わなくてもいいだろう? ──「母さんがカレーを残らず食べた」そうとも、私は希望を片時も忘れていない。大声で笑い出す必要はどこにもない。あの感覚──希望がありさえすればアハハって笑わなくとも。──「元気?」「うん。伯父さんも元気そうだね」母方の伯父が正月に顔を見に来たんだ。「自立って英語でなんていうか知ってる?」「えー、セルフ・スタンド」「馬鹿。インディペンデンス!」「ああ! アレね」伯父は英語で身を立てていた。憧れだったと言っていい。「次は僕の番だな」──やめて、おじちゃん。お願いだから。「こればっかりは仕方がないんだよ。頑張るんだぞ」おじちゃん、待って! 置いてかないで! ──「おい何言ってる? 僕はずっとここに居るじゃないか」「ああ、そうだったね。あんなこと言わないでよ」「迷信は迷信でしかないんだよ。いいかい? この世界で必要不可欠な唯一のもの、君はもうそれを知ってる。何も心配することはないんだ」「でも──」「見えるものだけがすべてじゃないんだ。目をつむってごらんよ。はっきり感じ取ることができるはずだ」「わからない」「じゃあ、あの言葉を思い出してごらん」「母さんがカレーを残らず食べた?」「そうだ。憶えてるじゃないか。大丈夫。じゃあな」──すべて過ぎ去ったが私の中には希望だけが残った。だから、やっていける気がした。いや、もうやっていけるんだよ私は。大丈夫。何も心配はいらない。「母さんがカレーを残らず食べた」あの感覚──希望──さえあればきっと。


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