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せんさくさん

せんさくといいます。ふっと浮かんだ言葉に少し文章を付け足して短いお話を考えるのが好きです。

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行きたい本お待ちください

16/09/23 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:0件 せんさく 閲覧数:824

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<行きたい本お持ちください>
私が通りかかった本屋にはそんな貼り紙がしてあった。

土曜日、私はまだよく知らないこの街を散策してみることにした。
いつも歩いている大通りから一本裏の道に入る。

そこで一軒の本屋を見つけた。

<夢現書店>

木造平屋、瓦屋根のその本屋にはおかしな貼り紙がしてあった。
「行きたい本お持ちください?」
私は貼り紙に書かれている文字を読み上げた。
「売りたい本じゃなくて、行きたい本?」
もしかしたら、書き間違えているのだろうか。
私は気になってこの本屋に立ち寄ってみることにした。

「あれ?」
扉を開けた私は慌てて道路まで引き返し、看板を見上げる。
「確かに書店って書いてある。」
私はまた店内を見る。
どういうわけか、この本屋の店内には本が一冊もない。
本どころか本棚すら1つもない。
あるのは小さなカウンターと椅子だけだ。
カウンターの奥には襖がある。
店主は今襖の向こう側にいるのか、はたまた留守なのか店内には人影もない。

私はポツンと置かれたカウンターを見る。
「本屋?」
私はポツリと呟くと店内に足を踏み入れた。
キョロキョロと辺りを見回す。
やはり、カウンターと椅子以外何もない。
「へんな本屋。」

私はカウンターに近づく。
すると襖に上がる段差の前に履物が二足並んでいるのが見えた。
男物の下駄と子どものスニーカー。

私は襖の方に目をやる。
「少しだけ…。」
私が襖に一歩近づいた時、カラリを襖が開いた。
ドキリとして固まっていると中から30代くらいの男性と小学校高学年くらいの男の子が出てきた。

「あれ、お客さん?おかしいな、鍵をかけておいたと思ったんだけど…。」
男性が不思議そうに私を見る。
「す、すみません。あの、本屋さんだと思って。」
「いや、本屋なんですけどね。」
男性はそういいながら、男の子に本を一冊渡した。
「ありがとう、おじちゃん!」
「あはは、どういたしまして。気をつけて帰るんだよ。」

「あの、ここって本屋さん、なんですよね?」
男の子を見送ると私はたずねた。
「え?あ、はい。そうですよ。」
男性はニコニコと答える。
「でも、本が一冊もないように見えるんですけど。」
「ええ、ありません。」
「あ、本当にないんですね。」
「はい。ここはお客さん自身に本を持って来てもらうんですよ。」
「どういうことですか?本を買い取るところってことですか?」
「いいえ、そうではないんです。」
男性が少し楽しそうにクスリと笑う。
「ここはお客さんの行きたい本の世界に、物語の中に連れて行く、そういうところなんです。」

「つまり、この本の世界に行きたいって思った本を持ってくるとミチビキさんが連れて行ってくれるってことですか?」
「ええ。」
男性の名前はミチビキで彼には特殊な能力があるらしかった。
「ただし、連れて行くには条件があって、その本が大好きでなければいけない。」
「そうです。さっきの少年は星の王子さまを持って来ました。キツネと話がしたかったそうです。何の話をするのかと思ったら…おっと、いけない個人情報だった。」
男性はクスクスと思い出し笑いをしている。
「なんだか信じられません。」
「そうですか。」
確かにミチビキさんがあの子に渡していた本は星の王子さまだった。
だからと言って、そんな話信じられない。
私は少し気まずくなり次に発する言葉をどうするか頭を悩ませた。

「ここに大人の方がいらっしゃったのは初めてです。大人はこの本屋に気づきもしないんですよ。」
私が黙り込んでいるとミチビキさんが口を開いた。
「ここで会ったのも何かの縁です。騙されたと思って一度本を持って来てください。」

「私が行きたい本…。」
そもそも本なんて久しく読んでいない。
昔はあんなに夢中になって何冊も何冊も読んでいたのに。
私は家に帰ると本棚を眺めた。
私の本棚には本が一冊も入っていなかった。

次の日、夢現書店に行ってみるとその本屋は無くなっていた。
「あれ?確かにここだと思うんだけど。」
もしかしたら曲がる道を間違えたのかもしれない。
結局その日、私は夢現書店を見つけられなかった。

私は帰りにコンビニに寄って、本を一冊買った。
私の大好きだった物語。
家に帰って本を開く。
ページをめくるごとにどんどんその物語の中へと引き込まれて行く。
この感覚、久しぶりだ。
私は買ってきた本を一気に読んだ。
読んだ後の充実感を噛み締めながら本をゆっくり閉じる。
時計を見ると夜中の零時を回っている。
「うわ、もうこんな時間。明日も仕事なのに…。」
私は慌てて寝る支度を始めた。
そして、気がついた。
「私、今、本の世界にいたんだ。」

次の休みにもう一度夢現書店に行こう。
ミチビキさんに会えるかはわからないけれど、お礼を言いに。


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