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aloneさん

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リンゴ一個分の無機質な人生

16/09/23 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 alone 閲覧数:991

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「検査の結果、心臓に原因があると考えられます」
医師は僕の胸部レントゲン画像を見ながら答えた。その面持ちは暗く険しい。
「治療にはどれくらいかかりますか?」
背筋が冷たくなる想いを振り払おうと、医師の言葉に希望を託す。しかし――
「残念ながら、我々に治すことはできません。現代医療では治療不可能です」
全身から力が抜けた。希望は呆気なく砕け散り、絶望に呑みこまれる。
国内を制し、世界に羽ばたき、これからだという時に、練習中に感じた妙な動悸のせいで、まさか選手生命を閉じられるとは思いもしなかった。
言葉を失い、背もたれに深く身を埋める。もう何も考えられなかった。
「ですが」医師が重い口調で話し出す。「方法がないわけでもありません」
「本当ですか!?」
一気に起き上がって身を乗り出し、すがりつく想いで医師の言葉に耳を傾ける。
医師は一度視線を逸らしてから、小さく息を漏らし、そして答えた。
「まだ実験段階の技術ですが、ひとつだけ方法があります。治療を、未来に任せるのです」
「未来に、任せる……?」
「我々は、局所転移(パーシャルジャンプ)と呼んでいます」

 ◆◇◆

2017年8月11日。ワシントンでは大統領の演説が行われ、世界に向けて生中継されていた。
スピーカーから響く大統領の声に、集まった観衆が耳を傾けるなか、突如、大統領の頭上に黒い穴が開いた。
観衆から動揺の声が上がり、大統領が言葉を詰まらせ、場を緊張が包んだとき、その穴から一人の男が現れ、大統領の隣に降り立った。
誰もが驚きの表情を浮かべるなか、男は大統領からマイクを奪い、そして語った。
「私は未来から来た。君たちにタイムトラベルの技術を教えよう」

 ◆◇◆

8・11以来、世界ではタイムトラベルが周知のものとなり、あらゆる分野で流行りに流行った。映画や小説などのフィクションに留まらず、CMや商品名などにまで使われた始末だ。
誰もがタイムトラベルが当たり前になると信じていた。しかし8・11の男が提供した技術を実践するには、現代はまだ未熟だった。
一人の人間を送るだけでも莫大なエネルギーを消費し、一度の移動で小国の国家予算が消えるほどだった。さらに全身を送るとなると場が不安定状態に陥り、特定の時間に送るのは困難を極めた。
結果的に、現代ではリンゴ一個程度を送るのが精一杯だと分かり、その発表を以て、タイムトラベルフィーバーは終焉を迎えた。
だが今回、そのリンゴ一個分が、僕の心臓となったのだ。

手術後、左胸には仰々しい機械が取り付けられたが、幸い服で隠せる程度で、片方の胸筋だけを少し鍛えすぎた奴としか映らない。
現段階の問題として時間は平行にしか流れないことが告げられた。つまり未来で治療にかかる時間を、現在でも同じ分だけ過ごすことになる。
治療を終えた心臓がジャンプ直後に戻ってきたら最高だったが、残念ながらそこまで甘くはないようだ。
練習したい想いに駆られたが、運動は禁じられた。鼓動が一定に保たれるため、心拍数が上昇せずに脳が酸欠に陥るらしい。
少しずつ細っていく筋肉を、僕はただ見ていることしかできなかった。

手術から一年。痺れを切らし、僕は医師に詰め寄った。
今までは言葉を濁してきた医師だったが、今日は視線を落とし、すまないと謝った。
「私もこんなことはしたくなかったんだ」
医師は苦々しい面持ちで呟き、肩を小さく震わせていた。
「私から説明しよう」
突然声が聞こえ、レントゲン画像を映していた画面に人の姿が映し出された。
誰だ、と訊こうとして気づく。8・11の男だ。
「すべては私のためだったんだ。タイムトラベルの技術を伝えたことも、君が病院に行き、手術を受けるように仕向けたこともね」
「仕向けた?!」
「私には心臓が必要だった。それも健康でノーリスクな心臓が」
「何の話だ」
「まだ分からないかな。この私を見ても」
言われて男をまじまじと見て、見覚えを感じた。
「まさか、未来の僕なのか」
「その通り。私は数々の大会で栄光を勝ち取ったが、度重なる酷使で心臓を患い、直ちに移植が必要になった。だがそう都合よく適合した心臓が見つかるわけなく、仕方なく今回の手段を採ったというわけだ。過去の私なら適合するのは当然だからね」
「じゃあ僕の心臓は……」
「私のなかで、しっかり鼓動しているよ。だが安心していい。君には代わりに立派な人工心臓をプレゼントした。日常生活は障りなく過ごせる」
「でもそれだと」
「君の選手生命は終わる。だが代わりに私が活躍するさ」
「なんでだよ! 僕の未来を返せよ!」
悲痛な叫びが室内に響いたが、男は一笑に付した。
「私が、その未来じゃないか!」

男の姿が消えた後も、一定の拍動だけが、僕の中を満たしていた。
悔しさにも悲しさにも応えない、無機質なリズムを刻みながら。


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