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つつい つつさん

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幸せの基準

16/09/22 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:2件 つつい つつ 閲覧数:1579

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 島崎は家の権利書をサッと、取り上げる。七十を越えた老婆が愕然とした表情で島崎を見る。
「じゃあ、佐々木さん、一ヶ月以内にここ出て行く準備しといて下さいね」
「家まで失って、この先どうやって生きていったら……年金もないのに」と老婆は、おいおいと泣きじゃくる。
「準備出来たら連絡下さいね」
 島崎は泣き崩れる老婆に眉一つ動かさず一礼すると部下の水口と共に家を出た。

「あーいうの苦手ですわ」
 若い水口が顔をしかめて吐き捨てる。
「なにが?」
「いや、あんな年寄りに泣かれたんじゃ、どうしようもないって言うか……掛ける言葉が見つからなくて」
「言葉? 優しい言葉なんて掛ける必要ないだろ」
「そうですけど、そんなドライになれないっすよ」
「あのなぁ、金取り立てにきた奴に優しくされたいなんて誰も思っちゃいないよ。ドライの方が結局は相手も楽なんだぞ」
 水口は島崎に渋々うなづいた。
「次は八時に新井商店だったか。まだ三時間以上あるな」と、島崎は腕時計を確認する。
「どうします。飯も食っちゃいましたからね」
「駅前寄ってくれるか」
 水口は呆れたように島崎を見る。
「また映画っすか。あれでしょ、今話題のアニメ映画でしょ」
 嬉しそうにうなずく島崎。
「お前も一緒に観るか?」
 水口は首を振る。
「嫌ですよ。島崎さん、ひくぐらい泣くじゃないですか。普段、血も涙もないくせに、なんで映画だとあんなに泣くかな」
「誰が血も涙もないだ」と、島崎は笑いながら答える。

 夜の十一時を回り島崎は水口と仕事終わりに居酒屋で飲んだ。水口が疲れた顔でつぶやく。
「きっついな、今日は」
 島崎は不思議そうな顔で水口を見る。
「そうか? 今日は順調だっただろ」
「いや、金は回収出来たけど、精神的にきつかったですよ。新井さんとこでも、ちっさい子供三人が不安そうな顔でずっとこっちを見てたし」
「そりゃ、知らない大人がずかずか乗り込んできたら怖がるだろ」
「島崎さんも、容赦なしに、子供服とか、ランドセルまで回収しちゃうし」
「お前、ああいうのはリサイクルで売れるんだよ。金になるもの取らないで、なに取るんだ」
 うつむいたまま、水口がつぶやく。
「俺、向いてないのかな」
 島崎が水口の肩をぽんと叩く。
「お前は、心で考えすぎだよ」
「じゃあ、どこで考えるんですか!」と、水口が半分キレながら訴える。
「目を鍛えろよ、目を。なにが金になる。どこに金がある。なにか金になるものを見落としてないか。それが大事なんだよ、この仕事は」
「ついつい、相手のこと考えちゃうんですよ。島崎さんは、最初からそんなドライだったんですか」
「まあな。ドライっていうか、合理的かな。どうやったら金が回収出来るかってことしか考えてないよ」
「でも、相手泣いてるんですよ」
 島崎は目を見開き、ぐっと水口に顔を近づける。
「あのなあ、俺ら強盗してるわけじゃないぞ。金を借りたのはその相手だよ」
 ため息をつく水口の前にメニューを差し出す島崎。
「好きなものでも頼んで、元気出せよ」
「すいません」と頭を下げる水口。
「お前もなんだかんだいって二年も続いてんだから、頑張れよ」
「はぁ、だいぶ慣れてきたんですけど、やっぱり年寄りとか子供が関わると割り切れなくて」
「まあ、どんな仕事にも悩みはあるよ。うまいことストレス解消していくしかないぞ」
「島崎さんの映画みたいにですか」
「そうだな」っと、島崎がニカっと豪快に笑う。
 水口が帰った後もひとりちびちびと酒を飲み続ける島崎。昼間みた映画を思い出しながら、あんな風に幸せを感じられたならと考える。朦朧としながらグラスに酒を注いでは飲みを繰り返すうち、島崎は酔いつぶれた。

 朝起きて、寝ぼけた頭でリビングに入ると、そこには、首を吊って垂れ下がっている母親がいた。島崎はその場に崩れ落ちた。夕方、無断欠席を気にして訪ねてきた担任が来るまで島崎はずっとそこで母親を見ていた。
 
 グラスを倒し、はっと我に返った島崎は母親について考える。あの時、九歳であった島崎は幸せでしかなかった。母親とふたりの生活は楽しく、嫌なことなどひとつもなかった。しかし、母親はそうではなかった。不幸のどん底にいた。それも、首を吊るくらいに。
 あの日、島崎の幸せの基準は壊れてしまった。誰かが、どんなに悲しそうにしていても、どんなにつらそうにしていても、どんなに笑っていても、どんなに幸せそうにしていても、島崎には結局、本当はどんな気持ちなのか全くわからなかった。それでも、幸せしか求めないんだろうなと島崎は淋しく笑った。


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このストーリーに関するコメント

16/10/31 光石七

拝読しました。
最初は水口の考え方に共感していましたが、島崎の過去を知り、悲しいような同情するような、納得してしまうような、複雑な気持ちになりました。
島崎だって、映画を観て泣くほど人としての感情は持っている。だけど……
どんな人も幸せになりたいと願っている、それだけは確かですね。
深いお話でした。

16/11/01 つつい つつ

光石七 様、感想ありがとうございます。
表面上見てても人の心なんてわからないだろうなと思い書きました。
幸せは願って手に入れるものじゃなくて、気づいたらなってるものなのかもしれないですね。

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