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ひーろさん

ミステリーが好きです。

性別 男性
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座右の銘 人に勝つより自分に負けるな。

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おばあさんと少年

16/09/20 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:1件 ひーろ 閲覧数:1499

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 少年がリュックサックに百科事典を忍ばせたまま、店の外へ出ようとしたその瞬間……。
「ちょっとあんた。そのリュックの中身を見せてごらん」
 小さな古本屋を一人で切り盛りするおばあさんが、少年を鋭く睨みつけて言った。あっけなく、彼の犯行は暴かれた。
「うちの前の雑草を、きれいさっぱり抜いてくるんだ。悪いことした罰だよ。わかるね」
 少年はすでに罪悪感の底に深く沈みこんでいた。母親にねだっても買ってもらえなかった百科事典。どうしても欲しかった。とはいえ、お金を払わず黙って持っていくだなんて、絶対にやってはいけないこと。恥ずかしいことをしたのだと、今更ながらに思い知った。この程度の罰を与えられたくらいで、文句を言えるはずもない。ごめんなさいと謝る代わりに、少年は彼女の言葉に素直に従うことにした。

 炎天下での草抜きは思いのほか大変だった。汗が体中から噴き出した。彼が思わず手を休めようとすると、おばあさんはわざとらしく咳払いして圧力をかけた。彼女はたまにやって来るお客さんの対応をするだけで、それ以外の時間は椅子に腰かけて本を読んでいた。草を抜いている間、店の前を通る人たちは皆感心して、少年に優しい眼差しを向けた。そんな眼差しを受ける度、その人を裏切っているような後ろめたい気持ちが胸を満たした。ただただじっと耐える時間が続いた。

「ご苦労さん。こっちにおいで。ほら、どうしても欲しかったんだろう」
 おばあさんはおもむろに百科事典を差し出した。少年は混乱した頭でそれを受け取った。彼の頭の中を察したかのように、おばあさんは優しい調子で言葉を継いだ。
「欲しいものは、こうやって苦労して手に入れるもんだ。たくさん勉強しなさいな」
 少年は感謝の言葉を伝えようとしたが、口の中で声がもごもごとこもっただけだった。
「それと、お給料」
 おばあさんはしわくちゃの手で、土で汚れた少年の瑞々しい手を包み込むようにして、お金を渡した。彼が汗を流して働いた時間分の給料から、百科事典代を差し引いたお金だった。
「お金を稼いで欲しいものを買うって、案外大変なことだろう」
 おばあさんが微笑みかけた。
「ありがとう、ございます」
 少年もまた、赤らむ頬で微笑み返した。


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このストーリーに関するコメント

16/10/23 光石七

拝読しました。
万引きが見つかった少年の表情や汗をかきながら草むしりをする姿、おばあさんの佇まいやしわくちゃの手など、情景が鮮やかに浮かび、読後感も温かく爽やかでした。
素敵なお話をありがとうございます!

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