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かわ珠さん

自分の好きな作家さんの言葉のチョイス、並べ方、区切り方、リズム、テンポに少しでも近付けるような文章が書けるようになりたいです。

性別 男性
将来の夢 世界平和
座右の銘 愛は時空を超える

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七年前の約束

16/09/20 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 かわ珠 閲覧数:910

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「ただいま」
 と、彼女は言って微笑んだ。
「おかえり」
 と言って、僕は戸惑った。
 僕にとっては気まずい沈黙。彼女はこの沈黙をどう受け止めているのだろうか。その表情を正面から見る勇気は僕にはない。
 正直言って、彼女には帰ってきてほしくはなかった。
 七年。
 七年だ。その時はあまりに長く、変化が起こるのは当然のことだ。
 この七年の間に、僕は就職を決め、少しだけ出世して、結婚し、一人の子供を授かった。
 そして、七年前に付き合っていた彼女の事なんて、完全に忘れてしまっていた。
 でも、そうだ。いずれ彼女がこうして再び僕の目の前に現れるということはわかっていたはずだ。それなのに、僕はその現実から目を背け、事実をなかったことにして、後回しにして、忘れてしまおうとしていたのだ。
 苦しい沈黙の後、先に口を開いたのは彼女の方だった。
「この七年間、どうだった?」
 その声色は少し、黄色を帯びているように思えた。
 ああ、きっと彼女は僕がもう結婚しているということには、まだ気付いていないのだな、と理解した。
「ん……まあ、色々とあったよ」
「そう、でもちゃんと私のことは忘れずにいてくれたんでしょう?」
「……まあ、うん……そう、だね」
「どうしたの? 久しぶりの再会に緊張してるの? うふふ、そういう可愛いところ、変わってないんだね。ちょっと嬉しい」
「そう……かな?」
 この状況下で、僕は一体どうするべきなのだろうか。結婚しているということを正直に打ち明けて誠心誠意謝るのか、それともとにかくここは誤魔化して、なんとか乗り切るのか。
「うふふ、キミも変わっていないみたいだし、あの約束は何の心配もなかったね」
「あの約束?」
「あれ、忘れちゃってたの? ああ、まあキミにとっては七年も前の約束だし、忘れてても仕方ないか」
「七年前に、僕たちどんな約束してたんだっけ?」
 恐る恐る訊ねてみる。けれども、直感でその時に交わした約束はロクなもんじゃないとわかっている。問題はその内容だ。
「七年間、その間に私のことを捨てたりしたら、殺しちゃうぞ💛 って」
 そう言いながら、彼女はウインクなんてして見せる。
 背筋をそっと刃物で撫でられるような感触がした。
 これはヤバい。
 結婚していることを打ち明けるのはナシだ。絶対に、何が何でも誤魔化しきって、この場を何としてでも乗り切らなければいけない。フルスロットルで舵を切り、結婚していない方へと話を持って行く。
「も、もちろん覚えてるよ。忘れる訳が無いじゃないか。僕はこの七年間もずっと君に夢中だったよ」
「本当に〜?」
「ほ、本当だよ。君以上に魅力的な女性なんてこの世に存在しないさ」
「嬉しい〜」
 そう言って、彼女は僕に抱き付いてくる。
 うまくいったか?
 と、安堵して胸を撫で下ろそうとした瞬間、彼女が耳元で囁く。
「ねえ、ところでその左手の薬指は何?」
「っ!!」
 一瞬にして心拍が跳ね上がる。視界は狭くなり、呼吸の仕方を忘れる。突然目の前に現れた彼女を前にして、失念していた。そうだ、左手の薬指には確かに結婚指輪が付いている。それでも、僕はなるたけ平静を装う。
「こ、これは君のことを忘れないようにと、君が行ってから買ったものなんだよ。これを眺めて、日々忘れないように……」
「へえ、七年前に買ったにしては随分綺麗じゃない」
「そ、そりゃあ、大切に大切に扱ってきたから……」 
「そう、じゃあ、今あなたの背後に立つその女は誰?」
「はっ!?」
 振り返ると、妻が娘を抱いて僕たちを睨みつけている。
「あ、いや、これは……」
 妻は僕の言葉を聞く前に振り返り、立ち去っていく。
「今の、誰?」
 僕を抱きしめたままの彼女の腕がきつく僕を締め付ける。
 これはヤバい。
「さ、さあ? 誰……だったのかな?」
「へえ、そう。結婚してたんだ。しかも子供まで生まれて。娘さん、とっても可愛かったわね」
 ヤバい。
「い、いや、それは君の勘違……」
「私は! 七年の時を超えて、ようやくあなたと同じ歳になれたのに!! これでようやくお互いに対等な立場で何の気兼ねもなく接し合える間柄になれたと思ったのに!!」
 ヤバい!
「あなたは私のことなんか忘れて!! あんな女と結婚して!!! あまつさえ子供まで生まれて!!!」
 殺される!
「お、落ち着い……」
 どすっ、と鈍い音と衝撃。背中に走る鈍痛。
 これは、刺されたか?
「約束はきちんと守らないとね」
 遠のいていく意識の中で、彼女の笑みだけがやけにはっきりと網膜に焼き付いて離れない。 


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