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ナフナンさん

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性別 女性
将来の夢 童話作家。世界一周旅行。外国で暮らす。
座右の銘 セレンディピティ

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待ち人

16/09/20 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 ナフナン 閲覧数:716

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「いっしょに入ろう」
 子どもたち数人が一直線に並ぶ列の真ん中で、娘が桃色の傘をぱっと開いて、にっこり微笑んだ。目の前の男の子は嬉しそうにはにかみ、二人はバスが到着するまでの間小さな恋人同士のように会話を弾ませていた。
 雨が降っていれば、手元の傘を優雅に広げて男の頭上にかざすことができるのに。奈保子は雨を流すまいと必死に踏ん張っているようなどんよりと暗い曇り空を恨めしそうに睨みつけた。土砂降りの雨が降ったところで、そんな勇気などこれっぽっちもありはしないくせにと呟く心の声を完全に無視して。
 きっと娘の天性の人懐っこさは、父親譲りなのだろう。今もくるくると螺旋状に渦巻く気が遠くなるほど長い大行列の真っ只中で、娘は陽気に歌を口ずさみ、周りの退屈そうな客たちを喜ばせている。襷のように黒のショルダーバックを肩にかけた男は、スマートホンから顔を上げることなく、すっかり蝸牛のごとき渦の一部と化している。
 近づいては離れ、離れては近づき、何もない空き地から抜け出すと、もう男の姿は遠く見えなくなってしまった。じりじりと前に歩を進めながら、娘となかなか終わらないしりとりを続けているうちに、ようやく青い暖簾の前までたどり着いた。
 昨夜テレビで見た通り、テーブル席三つと厨房を囲むように作られたカウンター席のみの狭い店内には、とめどなく湯気が上り、お腹を空かせた客たちが黙々と麺を啜っている。通されたカウンター席に腰を下ろして、ちらりと腕時計に視線を落としてみれば、一時半を少し回ったところだった。もう二時間近く外で待ちぼうけを食らわされたことになる。
「はあー」
 喉から零れ落ちそうな溜息を噛み殺して、奈保子は娘の前にそっとメニューを広げた。
「どれにする?」
「うーん。店一番人気の豚骨ラーメンにしようかな。ママは?」
「ピリ辛ネギ塩ラーメン!せっかくだから、餃子も頼もうか」
「うん」
 奈保子が厨房に向かって元気よく手を挙げたとき、あろうことか、すらりと背の高い男がゆっくりと近づいてきた。どうやら、家族連れやカップルたちを大幅に追い抜かしたようだ。まっすぐ前を見つめたまま奈保子の背を通り越し、娘を挟んで一番端の席に腰を掛けた男は、メニューを一瞥するなり店員を呼び止めた。
 ほぼ同時に運ばれてきたピリ辛ネギ塩ラーメンを、奈保子と男は競い合うように勢いよく食べ始めた。ビールを飲みながら娘を見るふりをしてその隣に座る男をちらちらと窺ってみれば、早くも唐辛子で赤く染まった激辛スープを余すことなく飲み干していく。
 まったくそっくりだ。この調子だと、辛いラーメンのあとには餃子を食べたいなどと訳の分からぬことを思い立つかもしれない。
「すいません。餃子一枚、追加で」
 ほら、予想通りだ。奈保子の心の声そのままにまっすぐ人差し指を突き上げた男に向かって、ねじり鉢巻きをした店主は申し訳なさそうに首を振った。
「あいにく本日は完売してしまいました」
 男は仕方がないと言うようにするりと右手を下ろすと、おもむろにポケットから財布を取り出した。娘が白い皿をさっと男の前に差し出したのは、そのときだ。
「お兄ちゃん、あげるっ」
「いや、でも・・・」
「よかったら、どうぞ」
 娘を真ん中にして、奈保子と男は餃子が一つばかり残った丸い皿をじっと見てから互いに譲り合った。
「では、お言葉に甘えていただきます」
 人懐っこい笑顔を浮かべた男に、奈保子と娘はそろってにっこりと微笑み返した。
「ラーメンのあとの餃子は最高だなあ。ありがとう」
 餃子を一口で食べるなり、男は聞き覚えのある言葉を残してさっと立ち上がった。追うように青い暖簾をくぐれば、男の後ろ姿はゆっくり遠ざかっていく。亡き夫の面影を漂わせながら、街の喧騒の中へと消えていく。
 ああ、亡くなってからもう七年も経っていると言うのに、年を重ねていくのは自分ばかりで、夫の時計は止まったままだ。幼かった娘もどんどん大きくなって、ときおり大人顔負けの鋭い指摘を口にしたりする。
「きっとさ、待つことが大事なんだよね、ママ?なんでも待てば待つほど味が出るんじゃないかな」
「そうね」
 あいまいに返事をしながら、この先私の待ち人はちゃんと待ってくれているのだろうかとちらりと考えながら、奈保子はしみじみと湿気を帯びた曇り空を仰いだ。


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