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トムさん

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リラックスする人たち

16/09/20 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:0件 トム 閲覧数:660

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「なんで本屋にいるとトイレに行きたくなるか分かるか」
突然、隣にいるバイトの先輩がそんなことを聞いてきた。
怠そうに左手でレジにもたれ掛かり、右手でボールペンを回しながら、どうせ知らないだろとでも言うような口ぶりだった。
「確かに、本屋に入るとなぜかトイレに行きたくなるってよく言われてますけど、なんでですか?」
先輩は、僕がそう答えるのを待っていたかのように、自慢げに理由を教えてくれた。
「自分が求めている本を探せるっていう状況で、知らない間に精神がリラックスして、それによって便意が促されるんだよ。副交感神経が優位になっている時、胃腸の働きは活発になるからな」
「本屋ってなぜか落ち着きますもんね」
「まあ他にもいろいろ説があるから、それが必ず正しいとは言えないけどな」
そう言って、滑らかに回していたボールペンを握りしめ、こう続けた。
「ちなみに今日、俺とお前がバイト入って2時間、来客数は約50人。そのうち何人トイレに入ったと思う?」
「まさか先輩いちいち数えてたんですか?」
僕は目を丸くして聞き返した。
「そりゃあこんな暇な本屋のバイトで、レジに俺とお前、男2人、人間観察以外にやることあるか?」
確かに僕の働くこの本屋は、お世辞にもそこまで繁盛しているとは言い難い。
「なんと10人だ。つまり5人に1人はトイレを使う」
その時、20代くらいの男性が一人、両手をポケットに入れながら店に入って来た。
黒い帽子をかぶり、肩には財布くらいしか入らないであろうバックをかけている。
「今入って来たあの人も雑誌なんか読んでるとトイレに行きたくなるかもな」
先輩は僕にしか見えないように、ボールペンを黒い帽子の男性に向けていた。


それから僕らは他愛もない話をしながら、退屈な時間を潰していた。
そしていつからか、先輩は再びボールペンを回していた。
黒い帽子の男性は週刊誌やファッション誌を立ち読みしてから、漫画コーナーに移っていた。レジからはどんな漫画を探しているのか、本棚が死角になって見えなかった。
暫くすると黒い帽子の男性の姿はどこかに消えてしまった。
「あれ、さっきの黒い帽子の男どこ行ったんですかね?」
「やっぱりトイレだろ」
先輩は誇らしげに、そう言った。
その予想は見事に当たっていて、タイミング良く男性は店内奥のトイレから出てきた。
「さすが先輩ですね」
「俺の予想は当たるんだよ。あの人もこの本屋で心身ともにリラックスしたんだろうな」
先輩は満足げに鼻の穴を大きく膨らませた。
トイレから出た男性は、談笑している僕らを横目に、一直線に出口に向かって歩き、そのまま自動ドアを抜けて店を出て行った。
その時僕は、ふと違和感を覚えた。
「あれ、あの人エコバックなんて持ってたっけ?」
確認するように先輩に尋ねた。男性は今、手提げカバンを持っていた。
「店に入って来た時、持って…なかったよな」
先輩は思い返すように考えながら返事をした。そして、目を見開いてこう言った。
「万引きじゃねーか」
僕らはその場から駆け出した。
一番リラックスしていたのは、先輩と僕だった。


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