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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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タイムスリップ防止用瞬間接着剤

16/09/19 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:1件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:943

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いまでは百均の店でも手に入るらしい。
時空間が崩れだしてからというもの、いたるところでタイムスリップがおこるようになり、これをとめたいと望む人々の願いがこの商品を産みだしたのだろう。
ドンタなんかは例外で、はやく自分にもその瞬間が訪れないものかと、わくわくしてまちわびていた。
ドンタはこれまで、多くの知り合いたちがタイムスリップによっていきなり自分の眼前からきえてなくなるのを目撃してきた。なにかきらきらと光が明滅したと思ったら、急に人物をとりまく空間が異様にゆがんで収斂しだし、数秒後にはきれいに消滅してしまうのだった。いまでこそありふれた光景だが、この現象がおこってまもないじぶんは、『神隠し』などという、前時代的なフレーズが盛んに新聞紙上を賑わしたものだった。
そんな体験をくり返してゆくうちドンタは、もしかしてこんどは自分の番かも知れないと思うようになっていた。そのことを、ひとつも恐れていなかった。なんども目撃した彼は、収斂し、消滅する間際に当の本人たちがみせる、このうえなく幸せそうな表情を知っている。異なる時空間へジャンプすることは、じつは最高の喜びなのだという認識をいまではもつようになっていた。はやくタイムスリップしたい。この日常において、これといった喜びも、たいしたビジョンももたない彼が、いつしかそんな願望を抱くようになったとしても誰が責められるだろう。
そんなときだった、彼が働く工場にアルバイトではいってきたアイコとめぐりあったのは。ひとめみたとき、ぴんとくるものがあった。自分がこの世に生まれた理由が、アイコをみてわかったような気がした。
彼は、アイコに仕事のノウハウをつきっきりで指導した。ノウハウといっても、一日もあればマスターできてしまういたって簡単なものだが、彼はわざともったいぶって、数日を要して彼女に教えたのだった。そのかいあってか、彼女はたちまち仕事をおぼえ、一瞬間もすると何年も勤めているドンタを追い抜く勢いだった。
昼食のあとはお茶に誘い、また勤務時間がおわってからも連日のように、いきつけのパーに彼女をつれていくようになった。この強引ともいえる誘いに彼女が素直にのってきたことにすっかり気をよくして、お茶代、食事代、飲み代のすべてを彼がもったのはいうまでもない。
彼女はいつも、大きな黒い目でこちらを見返した。お茶をのんでいるときにも、アルコールがはいっているときでも、いつも彼女がどこか身構えているようなそぶりをみせるのをドンタは、これはきっとおれからのプロポーズをまちわびているのだと思い込むようになった。
ドンタが彼女に気持ちをうちあけようと決心したのは、それからまもなくのことだった。彼女のその、濡れたような黒い瞳をみていると、早く気持ちをうちあけて、彼女を楽にしてあげたい、いつまでもじらしっぱなしでは、罪だということに気がついたのだ。
彼にはひとつ、心配事があった。もしもいま二人あいだにあれがおこったら―――あれとはいうまでもなくタイムスリップのことだが―――という懸念だった。彼女か、あるいは自分が、タイムスリップによって永遠に引き裂かれたら………。物理学の権威のコメントでは、いつなんどき、誰の上におこっても不思議ではないのだから。その怖れが彼に、タイムスリップ防止用瞬間接着剤をつねに身につけさせるようになっていた。仕様書をよむと、相手と自分のどこか一部に接着剤をつけてくっつけると、いかなるタイムスリップがおこってもつなぎとめておくことができるというものだった。
これさえあれば。
彼は接着剤のチューブをポケットにしのばせて、いよいよ彼女にプロポーズをするべく、いつもいくカフェに彼女を誘った。
ドンタはアイコとむきあうと、まえおきなしに、ただひとこと、結婚しようといった。
彼女は、まっていたことがきたといった顔つきで、キッとこちらをみかえした。その彼女の周囲にふいに、タイムスリップを暗示させる光の粒が包み込むのをみたドンタは、予感的中とばかり、すかさずとりだした接着剤をてのひらにたっぷりなすりつけ、その手で彼女の手をぎゅっとにぎりしめた。
「だいじょうぶ。これさえあればどんな時空間のゆがみだって、僕たちふたりを切り離すことなどできないから」
すると、なにを思ったのかアイコが、同じようなチューブを手にして、彼と自分の手のあいだにそれを、これまた大量に注入しはじめた。
「そんなに塗らなくても、だいじょうぶだって」
てっきり同じ接着剤だと思ってドンタがいうと、彼女はそうじゃないのと首をふった。
「これは溶解剤の方よ。こういう日もくるかと、常備してたの。おかげさまでしばらくお酒と食事代、うきました。さよなら」
彼女はドンタからあっさり手をひきぬくと、その手を嬉しそうにふりながら、タイムスリップしていった。



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このストーリーに関するコメント

16/09/21 W・アーム・スープレックス

訂正 19行目、一瞬間も=一週間も
失礼しました。

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