1. トップページ
  2. 立ち読みする彼

杏花さん

こんにちは、杏花(きょうか)と申します。小説は始めて3年程です。少しでも皆様に楽しんでいただけたら、と思います。

性別 女性
将来の夢 常に自分らしい創作をする。あわよくば評価される!
座右の銘 勝とうとしなきゃ勝てない!

投稿済みの作品

1

立ち読みする彼

16/09/17 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:0件 杏花 閲覧数:768

この作品を評価する

行きつけの本屋は、田舎にしては珍しい大型複合施設の最上階にあった。お店としたらいいのか悪いのか分からないけど、その本屋は図書館や公民館とはまた違うタイプの静けさを持っている。その雰囲気が大好きだった。この日は木曜で、息抜きがてら一人でいつも通り本を見に行った。二階から七階までエスカレーターに乗ってゆったり、どんな本を買おうか迷っていた。
(……珍しい)
本屋にたどり着いて真っ先に目に入ったのは、茶髪のオールバックに黒のスーツ、高級そうな革靴を履いた男だった。本をめくる右手には金色のゴツイ時計が覗いている。見た感じ三十代半ばの、若い人だった。この書店で見かける若い人は大体仕事終わりの社会人が多く、学生やお年寄りは駅からもっと近い書店のほうへ行っている。
(もしかしたらこの人も、静かな店のほうが好きなのかな)
なんて考えながらその人の後ろを通って、目的の棚へ行こうとした。ここで、大きなミスをした。この人がなんの本を読んでいるかちょっと気になって、ジャンルが書かれている仕切りをちらっと見てみた。そこには『事件・犯罪ノンフィクション』と書かれていた。私は思わず目的地とは反対の一番隅の絵本コーナーで笑いをこらえていた。
(いや、なんでそのチョイス……!?捕まらないように気を付けよう、的な!?)

誰が見ても『その筋の人』な彼が、真面目そうに過去にあった事件のエピソードを立ち読みしている。もうその状況が面白すぎて、しばらく笑いをこらえた後、適当に店員のおすすめコーナーの可愛らしい表紙の小説を一冊買ってすぐに店を出た。家に帰って食事をとってる時も、ある意味衝動買いした本を読んでる時でも、あの情景が目に浮かんでずっとにやにやしていた。思えば、すごい真面目そうな人だった。イケメンと言われればそうかもしれない。ちょっと猫背になってる姿が、それはそれで良かったかもしれない。
(あー、面白い)
また会いたいな、なんてちょっと思いつつ、笑えるぐらい泥沼な恋愛小説を、読み進めていった。



(今日も、いた)
あの後本屋に通い詰めて、分かったことがある。彼は毎週木曜にしか来ないこと。実はバスに乗っていること。色んなスーツを持っていること。ピアスをしていないこと。私はいつも彼の後ろを通って、彼が視界に入る『店員のおすすめ』ゾーンで本を買う。今月は『恋愛小説』の、特に『田崎景』という作者の本が多い。家の本棚にも『田崎景』の本が増えてきた。さすがに親も異変に気付いて、軽く怒られたため、結局彼にあったのは七回程だった。しかも驚くことに、立ち寄らなくなると少しずつ彼のことがかき消されていく。とある木曜日の授業中、ふと最後に立ち寄った日はいつだったっけ、なんて数えたら一ヶ月経ってた。放課後、なぜか少し慌てながら本屋へ向かった。
「こんにちは」
いつものゾーンで本を読む彼に、急に話しかけられた。立ち止まって振り向くと、彼がこちらを満面の笑みでこちらを向いていた。
「あ、えっと」
「もし時間あったら、お茶でもどうですか」
彼は持っていた『あの事件の真実』という本を棚に戻す。私は思考回路が停止したまま彼の後をついていき、六階の喫茶店に入っていった。
(人って、こんなに単純についてってしまうものなのね)
小学校の時に聞いた『知らない人についていってはいけません』の声がずっとこだましている気がした。

ごめんね、急に、びっくりしたよね、とずっとニコニコしながら笑う彼が、少し怖く見えた。変な薬とか、お金とか、そういったものが連想ゲームのように浮かんでくる。
「あ、ごめん、これ名刺ね」
彼が棟ポケットから出した一枚の紙は、シンプルなものだった。
(田島圭一……さん)
ふと、何かがよぎった気がする。でもその正体は、分からない。
「あー、やっぱ分からないか」
彼がそう言ってもう一枚紙を渡した。それはさっきの名刺とは違うちょっとデザイン残った名刺。そして真ん中には『田崎景』の文字。


家に帰って、もらった名刺を眺めながら今日のことを思い出していた。彼は『田崎景』本人で、あの本屋は高校のころバイトしてたらしく、応援してくれてるとのこと。そしてあのゾーンにいた理由は「自分の本を買う客層が知りたかった」らしく、あの格好については「家から出ないためスーツしかないし、時計は父親の趣味。オールバックは髪が邪魔だから」だそうだ。
「君が、毎週買ってってくれて、嬉しかった。僕の小説、若い子にはウケにくくて」
そりゃそうだ、と言いたくなったがこらえた私は偉いと思う。ついでに、今回の立ち読みで興味を持ったらしいので次はハードボイルド系らしい。
「君の忠告通り、作品が仕上がったらすぐ服を買います」
「……あの、田島さん」
「ん?」

「私、あの本屋も、田島景さんも、その姿で立ち読みする姿も、全部好きです」


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン