1. トップページ
  2. 【夏の本屋】

KOUICHI YOSHIOKAさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

2

【夏の本屋】

16/09/15 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:2件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:1313

この作品を評価する

 夏の日差しから逃れるために、僕は街のはずれにあるJAZZの似合う本屋で立ち読みをしていた。
 ハイデッガーでも読んでいたらカッコいいと思われるかもしれないな、と思いながら、週刊漫画雑誌を一頁一頁丁寧に読んでいた。
 店内はほどよくクーラーが効いていて涼しい。
 それほど大きくない本屋だったが天然木を基調とした落ち着いた雰囲気が気に入っていて、週に二日は大学の行帰りに立ち寄っていた。
 午後二時、もっとも暑い時間、雲はうすく太陽は全身をあらわにして怒っていた。蝉の鳴き声が締め切った店内にも響き渡ってくる。近くには樹に囲まれた公園もあるので、夏になるとこの辺りは耳をふさぎたくなるほど賑やかになった。
 スーツを着ていた男性客が一人店を出ていくと同時に蝉が一匹店に入ってきた。硝子の自動ドアが開いた隙をねらって入ってきたのだ。
蝉は店のなかを飛び回り一周すると店の真ん中あたりの天井にとまってギイギイと鳴きだした。
「あ、お母さん、セミだよ、アブラゼミだよ」
母親の手をひっぱりながら女の子が指をさしている。母親は「ほんとだね」と言った後、人差し指を唇にもっていって「本屋さんで大きな声をだしたらだめよ」と優しく言った。女の子はうなずいて黙ると両足で飛び跳ねながら指だけ差した。
 店員のお姉さんが慌てて長い竹箒をもってきて天井の蝉を追い払おうとしたけれど、竹箒は天井までわずかに届かない。
 お姉さんは恥ずかしそうに赤くなって、周りを見渡して見つめるお客さんに軽く頭を下げと、竹箒をいっぱいに伸ばして膝をまげて飛び上がって天井の蝉を払った。
 蝉は箒をするりとよけて飛ぶと再び店のなかを飛び回りはじめた。ギイギイ、ギイギイ賑やかな声、蝉は店の一番奥まで飛ぶと、本棚の端にとまって鳴きやんだ。
「箒じゃだめだよ」
店の奥から鼈甲のメガネをかけたお婆さんが虫取り網を持って出てきた。おそらく店の店主だろう。ときどき店のレジの前で気持ちよさそうに眠っている姿をみかける。 「こいつで捕まえないと、いつまでたっても蝉は店の中で騒いでるよ」
 お婆さんはゆっくりと静かに足音もたてずに蝉のいる本棚に近づいていくと、網をひょいと振ってあっさりと蝉を捕まえた。網の広がった方を手で握ると、ドアまで歩いて外へ出ていった。
 蝉はずっと鳴き叫んでいる。ドアの前で網を握っていた手をひらくと蝉は勢いよく飛びだした。ビィビィ鳴く声が遠ざかっていく。
 お婆さんは何もなかったように店に戻ってくると、レジのなかに入って虫取り網をたて掛け、そのままそこに座って爪を切りはじめた。
 竹箒を持っていたお姉さんは恥ずかしそうに外に出ていって、穂先を下に向けるとドアの前をはきはじめた。夏の日差しがお姉さんの肩や頬にあたっている。暑そうに眉をしかめながらもお姉さんはたいして汚れていないドアの前をきれいにしている。
 僕は週刊漫画雑誌を閉じてもとに戻すと、店の奥にいって本棚の一番上にあるハイデッガーの「存在と時間」を手に取った。
レジに持っていくとお婆さんがメガネを外して「千六百円です」と、しわしわの声で言った。
 店をでるときお姉さんは黙って頭をさげながらも竹箒で店の前を掃き続けていた。濃い影がドアの中までのびて、影だけが涼しそうだった。道路に人通りはなく、ただ蝉の鳴き声が暑かった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

16/10/22 光石七

拝読しました。
ある夏の日の、本屋での一コマ。
取り立てて大きな出来事が起こるわけではないけれど、情景が鮮やかに浮かんで、読了後も蝉の声と共にその情景がいつまでも自分の中に残っているような、印象深いお話でした。
何気ないことをさらりと切り取り、余情あるお話に仕上げられるその文才が羨ましいです。
素敵なお話をありがとうございます!

16/10/23 KOUICHI YOSHIOKA

光石七様
コメントをいただきありがとうございました。
「書く」ことと「描く」ことを考えながら積み上げてみました。
今後ともご指導よろしくお願いします。感謝。

ログイン