1. トップページ
  2. 百年後に会おう

Fujikiさん

第90回時空モノガタリ文学賞【祭り】入賞          第92回時空モノガタリ文学賞【沖縄】入賞          第94回時空モノガタリ文学賞【曖昧】最終選考        第95回時空モノガタリ文学賞【秘宝】最終選考        第96回時空モノガタリ文学賞【奇人】最終選考         2015年大阪ショートショート大賞【行列】佳作         第99回時空モノガタリ文学賞【失恋】最終選考         第105回時空モノガタリ文学賞【水族館】最終選考        第110回時空モノガタリ文学賞【雨】最終選考          第112回時空モノガタリ文学賞【弁当】入賞         第114回時空モノガタリ文学賞【パピプペポ】最終選考      第117回時空モノガタリ文学賞【本屋】最終選考         第118回時空モノガタリ文学賞【タイムスリップ】最終選考   第120回時空モノガタリ文学賞【平和】入賞           第126回時空モノガタリ文学賞【304号室】入賞       第127回時空モノガタリ文学賞【新宿】最終選考   第137回時空モノガタリ文学賞【海】入賞          第155回時空モノガタリ文学賞【ゴミ】最終選考   NovelJam 2018秋 藤井太洋賞受賞              にふぇーでーびる!                                                                                                                                    ■ 2018年5月、電子書籍『フィフティ・イージー・ピーセス』を刊行しました。時空モノガタリ投稿作に加筆・修正したものを中心に原稿用紙5、6枚程度の掌編小説を50作集めた作品集です。かなり頑張りました! Amazonで売っています。http://amzn.asia/c4AlN2k                                                                                                                       ■ 2018年11月、電子書籍『川の先へ雲は流れ』を刊行しました。NovelJam 2018秋 藤井太洋賞を受賞した表題作のほか6編収録! BCCKSほか各種オンライン書店にて販売中! https://bccks.jp/bcck/156976

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

2

百年後に会おう

16/09/12 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:4件 Fujiki 閲覧数:1706

この作品を評価する

 人生で一度だけ小説を書いたことがある。十六年前の二〇〇〇年、大学二年の夏休みを目一杯使って書いた。僕は文学青年だったわけではなく、読む本も新書や実用書ばかりだった。小説を書くのは後にも先にもこの一度きりになると思う。
 執筆のきっかけは、高校一年の時から五年越しで付き合っていたガールフレンドだった。名前は宮里遥夏。自他共に認める活字中毒者だった。常に文庫本を持ち歩き、空いた時間にはページに目を落としていた。子どもの頃、ぜんそくであまり家の外に出ず読書ばかりしていたことからついた癖だという。
「夏休み、暇なら二人で何か書かない?」
 一緒に期末試験の勉強をしていたある日、遥夏は唐突にそう提案した。彼女が創作にも興味があるとは知らなかった僕は少々面食らったものの、反対する理由はなかった。時間は持て余していたけれどアルバイトを探す気はなかったし、毎回デートに金を費やさなくても遥夏と会えるようになるのは歓迎だった。
 毎朝遥夏を自宅まで車で迎えに行き、一緒に大学の図書館に通った。物語のアイデアを出し合うのは主に二人でやり、巨大なパソコンの前に座って文章に起こすのは僕の仕事だった。図書館のグループ学習室にこもり、一日じゅう物語の設定や登場人物について話し合ったり、遥夏がこっそり持ち込んだリンゴを音を殺して齧りながら原稿を直したりした。
 小説の舞台は西暦二〇〇〇年のとある南の島。二十歳の平凡な理系大学生、時旺ハカルのところに百年後の自分が未来からやって来る。未来では医療技術が躍進して平均寿命が二倍に伸びているため、百二十歳といっても初老の男性にしか見えない。二一〇〇年から来た時旺氏はハカルに言う。
「波多美ちゃん――夜桜波多美を助けに来たんだ。俺と未来に来てくれるよう一緒に彼女を説得してくれ」
 ハカルの恋人、夜桜波多美は先天性の難病に冒されていた。空気中に含まれる微量の毒素を体内に少しずつ溜め込んでしまう病気である。蓄積された毒素は内臓で病巣を作るため、その度に外科手術で摘出しなければならない。度重なる手術は彼女の体力を奪い、際限なく生まれる病巣は確実に体を蝕んでいた。
「このままだと波多美ちゃんは俺――つまり、お前のことだが――が大学を卒業する直前の二〇〇三年一月四日に死ぬことになる」と時旺氏は言う。「彼女を救う唯一の方法は大気の成分が人工的に調整されている二一〇〇年に連れて行くことだけだ。波多美ちゃんが亡くなってから、俺は大気から毒素を取り除く研究に人生のすべてを捧げてきた。大気調整技術を開発し、彼女と同じ病気を持つ人たちの国際団体を立ち上げ、各国政府を説得して俺の技術を全世界に普及させたんだ」
 ハカルから話を聞いた波多美は、意外にもあっさり了承する。現実的な彼女は、未来に行くことが生きるために必要だと判断したのだ。ハカルは波多美と一緒に未来に連れて行ってほしいと時旺氏に頼むが、時旺氏はそれを許さない。
「悪いが、お前は連れて行けない。お前は自力で大気調整技術を開発し、普及させなければならないからだ。俺がデータを提供したとしても、今のお前はその内容を理解すらできないだろう。別れと孤独の辛酸を嘗め尽くしてお前自身が奮起しなければ研究は決して実を結ばない。お前がこれから味わう苦痛が、未来にとって必要なんだ」
 返す言葉を失うハカル。
「百年後に会おうね」と、呆然としたハカルに言い残して波多美は未来へ旅立つ。その言葉を胸に刻み、彼は一人で生きていく。
 ラストの波多美の台詞を取って、僕はこの小説に『百年後に会おう』という題をつけた。主人公たちの永遠の愛をうまく表現した言葉だと感じた。完成作に目を通した遥夏は優しい笑顔を浮かべてくれた。出来はともかく書き上げられたことが満足な様子だった。
 夏休みが終わって何か月か経った後、遥夏と僕の関係は静かに終わった。今から思えば、遥夏はあの夏既に僕との別れを考えていたのかもしれない。五年の間に僕らの関係は亜熱帯の夏の淀んだ空気のように変化を欠いたものになっていた。あの小説は二人の卒業論文のつもりだったのだろうか。遥夏の思いに気づくこともなく、僕は永遠に何も変わらない未来をただ漠然と思い描いていた。9・11もイラク戦争も東日本大震災もない、退屈だけど平穏な未来――。
 二人で書いた小説は、もう記憶の中にしか残っていない。プリントアウトした原稿もファイルを保存してあったフロッピーもとっくに失くしてしまった。それでも小説の物語を思い起こすと、朝シャンした遥夏の髪の匂いや彼女がくれたリンゴの甘酸っぱい味など、当時は気にも留めなかった細部が蘇ってくる。今や八十四年後となった二一〇〇年に遥夏と再会することはたぶんないけれど、物語はいつでも二人で過ごした時間にタイムスリップさせてくれる。それだけで十分だった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

16/09/13 クナリ

自分、タイムスリップというSFの真骨頂をどう扱うかって難しそうだなあ…と思っていたのですが、「タイムスリップというありえない(少なくとも現代では)現象が起きる世界観の話」を書くか「観念的にタイムスリップという事象を扱うか」で悩んだりしていて。
今作のように、前者を作中作として扱い、後者をラストで演出するというのは目から鱗でした。
思い出はいつでも、タイムマシーンですよね。

16/09/13 Fujiki

コメントありがとうございます。おっしゃるとおり、タイムスリップは「SFの真骨頂」(悪く言えば、手垢のついた紋切型)なので、ありがちな展開を避けるために腐心しました。クナリさんが今回のテーマをどう料理なさるのか楽しみにしています!

16/10/28 光石七

拝読しました。
思い出という身近なタイムスリップ、その着眼点に感嘆しました。
作中作の中でもタイムスリップ現象を取り入れられていて、テーマを見事に活かしていると思います。
二人の関係性や主人公の心情もしっかり描かれていて、こちらまでほろ苦いけど甘酸っぱい、懐かしい気持ちになりました。
秀作だと思います。

16/10/29 Fujiki

光石さん、コメントありがとうございます。若い頃はタイムスリップができるなら未来に行きたいと思っていたのですが、年齢を重ねるにつれて過去に戻りたいと思うことが増えた気がします。やり残したことや後悔を簡単には忘れられないせいかもしれません。

ログイン