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とある人気アイドル解散騒動が、芸能ニュースに興味のない一学生に与える影響についての考察

16/09/11 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:0件 ニコロ 閲覧数:704

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 某国民的アイドルグループSが解散するとの一報が入ったのは、私がまだ寝ぼけ眼をこすりつつ、無理矢理クリームパンを口に押し込んでいる時だった。穏やかな朝の時間はそれを機に一変した。昔からグループのファンであった母は呆気にとられ、食器を洗う手を止めテレビにくぎ付けになっている。ゴシップネタに目がない兄は,大騒ぎしながら手元のスマートフォンをいじくりまわしている。これは良くない兆候だ、そう見て取った私は急いで朝食と身支度を済ませ、まだ頭がよく回らない中さっさと家を出てしまった。いつもの見送りの言葉はなかった。

 私は教室で本を読んでいた。毎朝ホームルームが始まるまでの十数分は読書に時間を費やすことにしている。今日は歴史小説でも読もうかな……そんなことを考えていると、知り合いが話しかけて来た。
「ねえ、知っている?S解散するだって!」
「ええ、知ってるわ」
「やばくない⁉あのSだよ?」
「ごめんなさい、私あまりそういうニュース興味なくて」
 そう言うと彼女は不満げな様子で、たった今クラスへ入って来た自分と仲のいい友人の元へ駆け出して行った。

「これで今日の掃除は終わり。お疲れさま」
 清掃時間の終わりを告げる教師の言葉を聞くや否や、私は下駄箱に向かった。部活に入っていない私には、放課後の潤沢な時間を自由に使う権利がある。
 寂れ気味の商店街の外れにある、とてもじゃないけど綺麗とは言えない本屋さん。そこが私にとっていつも放課後の憩いの場だった。外から見ると小さく見えるが、入ってみると中は意外に広く、本のラインナップも漫画から小難しい学術書まで揃えていた。他にも品ぞろえのいい本屋は近所にあるが、ここほど静かで、心穏やかに読書に集中は出来ない。早速本屋に足を踏み入れて目当ての本を探し出し、ページをめくり始めた。
 
 気付くと数時間が経過していた。あともう少しで読み終わるな、そう思いながら伸びをしていると、こちらに近づいてくる人影が見えた。ここの店主のおじさんだった。彼は私の長時間の立ち読みにも文句を言わず、好きなようにさせてくれている。私が好意を持つ数少ない人物だ。
「こんにちは、おじさん」
 彼は左手を上げて私の挨拶に答えた。頬ひげが目立つ威圧的な容貌とは裏腹に、彼はとても親切な人だ。
「何を読んでいるんだい?」
「カントの純粋理性批判の新訳です」
「こりゃまた難しいのを読んでるねえ」
「そんなことないですよ。解説も付いていますし」
「なるほどね……」
 その時、彼が右手に何か大型本を持っているのに気付いた。
「何ですか、その本?」
「これ?Sのファンブックだよ。ほら、今朝解散するってニュースやってたでしょ?」
「ああ……」
 意外な返答に思わず言葉に詰まってしまった。彼がアイドルに興味があるとは思えないのだが。
「あれ、知らない?結構なニュースだと思うけど」
「知ってます。学校でも話題になっていました」
「ふーん……どう思う?」
「別に私は何とも。元々興味ないですし」
「けどさ、Sって日本を代表するアイドルじゃない?興味なくとも、多少とも事情を知っておいて損はないと思うんだよね」
「おじさん、アイドルに興味あるんですか?」
「いや特に」
 私は思わず苦笑をしてしまった。興味がないのに時間をかけてアイドルについて調べているのだろうか、この人は?
「それって無駄じゃありません?」
「無駄?何が?」
「だって、興味ない本より興味ある本読んだほうが効率よくないですか?」
「ねえ、茜ちゃん」
 一段と穏やかな声で彼は続けた。
「君の言いたいことは分かるよ。実際君の言い分にも一理ある。けどね、自分が興味ない分野にも手を伸ばしてみるのも大事だと思うんだ。私がしがない本屋を今まで営んでこれたのも、どんな本でも好きになろうという姿勢を貫いてきたからだと思う。自分が嫌いな本、お客さんに売ることなんて出来ないからね」
「……」
 私は何も言えなかった。彼の言っていることが正しかったからだ。でも……。その時、スマートフォンが振動した。兄からメールが来ていた。
「……すみません、私今日はもう帰ります。兄がケーキを買って家で待ってくれているようなので」
「そうなんだ。お誕生日かなんか?」
「いえ、その実は、私の母親がSの大ファンで、今日の朝解散のニュース聞いてから塞ぎ込んでしまったようなんです。それで、母に大好きなケーキを食べてもらって少しでも元気を出してもらおうと兄が考えたようで……」
「そういうことなら」
 そう言って、彼は本を差し出した。
「この本を持っていくと言い。結構レアらしいからね」
「いいんですか?」
「なあに、お得意さんだからね」
「ありがとうございます!」
 そう言って私は駆け出した。不思議と、気分は爽やかだった。


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