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宮下 倖さん

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ふたりでゴール

16/09/11 コンテスト(テーマ):第116回 時空モノガタリ文学賞 【 裏切り 】 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:1172

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 すこし前にはいくつか見えていた背中が、公園を過ぎるころにはまったく視界に入らなくなった。さっきから、脇腹でキツツキでも飼っているみたいな痛みが増している。
 私は上がらなくなった爪先をアスファルトに擦りながら天を仰いだ。恨めしいくらいの澄んだ青空だ。

「もうやだ! マラソン大会なんて大嫌い!」
「まあまあ千夏ちゃん。もうすぐ学校だよ」
「悠理〜、置いてかないでね。一緒にゴールしようね」
「はいはい、わかってますよ」

 うっすらと額に汗をにじませた悠理は私のとなりでにこにこしている。ふっくらした手でまるい拳をつくり、「がんばれ千夏ちゃん!」と突き上げた仕草には何だか余裕が感じられる。私はもうへとへとで苦しいばかりだっていうのに。

 ふいに悠理が首だけで振り返った。つられて後ろを見る。とんぼが二匹、のんびりと横切っていった。

「どうしたの?」
「ううん、何でもない」

 しばらく無言で住宅街の路地を走る。硬いアスファルトの感触が足首に響いて泣きたくなった。

「なんでこんなに走らなくちゃいけないのー」
「え〜、青少年の健全な育成と体力増強の一環として〜」

 校長先生のモノマネを始めた悠理の背中を弱々しく叩く。わかったもういいよと溜息をつくと、またちらりと後ろを気にした悠理が眩しそうに目を細めた。

「走るの嫌いなのに陸上部の応援には行くよね、千夏ちゃんは」

 イレギュラーに一拍、心臓が変な跳ねかたをした。脇腹を押さえるふりで顔を背ける。

「人が……速い人が走るのを見るのは好きなんだよ。自分にはできないことを颯爽とこなす人は……かっこいいし」
「そっかー」

 にこにこしながら頷いた悠理は、また視線を後ろに投げた。どうしたんだろうさっきから。私も振り返るけれど、たった今曲がった角のポストくらいしか見えない。そろそろ住宅地を抜けて、あとはまっすぐに学校の正門へ向かうだけだ。

「ねえ悠理。さっきから何を……」
「千夏ちゃん悪いんだけど、わたし先行くね?」

 唐突な悠理の言葉に私は面食らった。

「え? やだ! ふたりでゴールしようって約束したじゃん!」

 私の懇願を満面の笑みで一蹴した悠理は、「じゃ、ゴールで待ってるから」と片手を振った。ぐんとスピードを上げた悠理の背中が見る見る小さくなる。

「う、裏切りものぉーー!!」

 絞り出す声ももう届かない。なんであんなに余力があるの? と考えて、思い出した。悠理は吹奏楽部だけど、腹筋を鍛えるために部員みんなで走るのが基礎練習の一部だって言っていた。優しい悠理が私に合わせてくれてただけで、文化部だから体育が苦手なわけじゃなかったんだ。
 最後尾につき合わせて悪いことしたなあと思う反面、苦手な分野でひとり取り残されるのは淋しいし、恥ずかしい。重かった足が地面に飲み込まれるようにますます上がらなくなる。

「ひとりじゃやだー!」
「じゃあ、一緒にゴールするか?」

 背中から投げられた笑い含みの低い声に、私は息を飲んでおそるおそる振り返った。

「宮地くん? なんで男子が……?」

 マラソン大会はまず女子が先にスタートする。男女が交じることのないよう充分な時間をとってから男子がスタートするはずなのに。

「あー。女子でダントツに遅い子がいて、男子のトップがぶっちぎりで独走したりするとたまにあるらしいぞ、こういうこと」

 なるほど。私が致命的に鈍足なせいで、ぶっちぎりの陸上部のエースに捕まったわけか。

「……先に行っていいよ宮地くん」
「なんで? ひとりはイヤなんだろ?」
「だって、女子と一緒とか……恥ずかしくない?」
「こんなとこに女子ひとり放っていく男のほうが恥ずかしい」

 ほら、と笑う宮地くんのとなりに並んで走り出す。私の速度に合わせてくれているのがわかる。さっきまで重かったはずの私の足が、なぜかすこしだけ軽くなったように感じた。

「陸上部の応援、いつも来てくれてありがとな」
「知ってたの?」
「……まあな」

 見上げた横顔に照れくさそうな色がのっている。小さく振った肘が彼の腕にわずかに触れて鼓動が早くなった。

「千夏ちゃーん! がんばれー!」

 ゴールになっている学校の正門が見えた。走り終えた女子たちの声援が青空から降り注ぐ陽光よりきらきらと輝いて届く。
 気配に敏感で、気遣い上手で、優しい裏切り者が、私の名前を呼びながら何度も大きく手を振っていた。



―― 了 ――


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