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吉岡 幸一さん

性別 男性
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缶コーヒーと黒い風

16/09/11 コンテスト(テーマ):第116回 時空モノガタリ文学賞 【 裏切り 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:944

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 地下鉄の四番出口をのぼってすぐのところにあるコンビニで、妙子は雑誌を立ち読みしながら友達を待っていた。
 これから優子とショッピングセンターに行って、映画を観たり買い物をしたり食事をしたりする予定であった。
 誘ったのは優子のほうである。映画のチケットを父親から貰ったから一緒に行かないか、と誘われたのだ。何の映画なのか聞いたけれど覚えていない。ちょうど先日彼氏の啓太郎と別れたばかりで日曜日は暇だったし、家の中にくすぶっているのも退屈だったから優子の誘いは願ってもないことだった。
 待ち合わせの時間にはまだ十五分はあった。地下鉄の改札口の前で午前十一時に待ち合わせの約束だった。早く着いてしまった妙子は時間をつぶすためにコンビニで雑誌を立ち読みしていた。
 ガラス越しに歩道を歩いていく人が見える。ビルの隙間を通り抜けていく秋風に皆寒そうに肩をすぼめている。
 地下鉄の駅の近いため人通りは多い。それにコンビニの前にはバス停もあるからなおさらだ。見知らぬ顔ばかり、当たり前のことなのにその当たり前さが不安だった。
 携帯電話が鳴った。メールの受信音だ。優子からだ。件名には「ごめんなさい」、本文を開くと「急に用事ができていけなくなったの。この埋め合わせは今度するからごめんね」と、改行もなく打たれた文字。妙子はため息をつくと、携帯電話を鞄にしまい雑誌を閉じて棚に戻した。
 ふとガラス越しに前をみると、向かいのバス停に元彼の啓太郎が見知った女の子と手をつないで立っている。同じクラスの啓太郎、一週間前妙子を振った男「お前と付き合ってもぜんぜん楽しくない、真面目すぎて疲れるんだよ」と、言ったサッカー部のキャプテン。
 ふたりは楽しそうに話をしている。これからどこに行くんだろう。私も以前あのバス停から啓太郎と乗ったことがある。街を出て海の見えるカラオケ店に行ったよね。楽しかった、少なくとも私は楽しかったよ。
 私との約束をドタキャンしてまでも、彼との時間を優先したかったんだね、優子。
バス停にバスが止まり、ふたりが乗り込むとすぐに動き出した。一番後ろの席に仲良く並んで座っている。子犬のような優子、笑顔がこぼれそうだ。
 妙子はバスが見えなくなるまでコンビニのガラス越しに見ていた。バスが見えなくなった後も後ろに続く車の流れをしばらく眺め続けた。
 突然くるっ、と背を向けて店の奥に進むと、ブラックの缶コーヒーを一本つかんでレジに持っていった。
「俺、甘い缶コーヒーは嫌いなんだ」と、以前啓太郎は言っていた。妙子は砂糖の入った甘い缶コーヒーでないと飲めない。
 コンビニを出ると冷たさを含んだ秋の風が頬を打つ。妙子は買ったばかりの缶コーヒーをあけることもなく、ごみ箱めがけて思いっきり投げいれた。
 低く硬い音が響いたが誰も気にとめることなく通り過ぎていく。妙子は振り返ることもなく地下鉄の階段を降りていった。


 夜遅く優子からメールが届いた。
「今日はほんとにごめんね。あのね、入院しているお婆ちゃんの具合が今朝急に悪くなっちゃって、お見舞いに行かないといけなくなったの。行ってみたらもう元気になっていたんだけど・・・」
 妙子はすぐに返信した。
「大丈夫だよ。お婆ちゃん元気になってよかったね。また今度遊びに行こうね。・・・あのね、さっきまで啓太郎君と電話していたんだけど、私たち元通りになったんだ。また付き合うようにしたの。ねえ、優子ちゃんも喜んでくれるよね」
「そうなんだ。よかったじゃない。心配していたんだよ。・・・お、め、で、と、う、」
 優子からの返信は早かった。復縁が嘘か本当かも確かめようともしないですぐに返信したに違いない。
 よほど啓太郎との関係に自信があるのか、それとも復縁しようが、自分が振られようがどうでもいいことなんだろうか。妙子には確かめる勇気はなかった。
 妙子は嘘を書いたわけではなかった。電話で啓太郎と復縁したのは本当のことだった。
なにが本当のことだろう。きっと明日の朝には啓太郎から「やっぱり・・・」と言って振られてしまうに違いない。妙子の勢いにおされてしぶしぶ啓太郎は復縁を了承したに過ぎなかった。
 振られたってかまわない。振られなかったら、明日私から振ってしまおう。
 妙子は冷蔵庫から持ってきた砂糖たっぷりの缶コーヒーの蓋を開けて喉に流し込んだ。甘く苦い味が舌の上から喉の奥に流れ落ちていく。
 空になった缶コーヒーを妙子は思いっきり踏みつぶした。
「わたし、いったい何をしているんだろう」
 窓を開けると黒い風が胸の底を通り過ぎていった。


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