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- 不徳な回帰
鮎風 遊さん

この世で最も面白い物語を見つけ出したい。 そう思って書いて来ましたが、老いは進んでいます。 されど諦めず、ひとり脳内で化学反応を起こし、投稿させてもらってます。 されど作品は、申し訳ございません、次のシリーズものに偏ってしまってます。 ツイスミ不動産。。。 刑事 : 百目鬼 学(どうめき がく)。。。 未確認生物。。。 ここからの脱出を試みますが、なかなか発想が飛ばせなくて。。。老いるということはこういうことなんだと思う今日この頃です。 が、どうかよろしくでござりまする。
性別 | 男性 |
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将来の夢 | この世で最も面白い物語を見つけ出したい。 |
座右の銘 | Do what you enjoy, enjoy what you do. |
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「課長、ちょっと困ったことがありまして……」
部下の山路が朝っぱらから泣きついてきた。花木忠蔵はまたクレームの話しかと思い、「まずは落ち着けよ。で、どうしたんだよ?」と上司らしく聞き返した。すると山路は、今度は首をひねりながら伝える。
「実はアルバイトの変若水(おちみず)が……突然消えてしまったんですよ。どうも失踪のようでして」
朝一番からこんな報告を受けた花木、「うーん」と首を傾げ、後は「ほー、消えたのか?」と呟くしかなかった。
変若水とわ美(おちみずとわみ)、珍しい名前だ。
年齢は二十八歳と聞いている。スラリとしたしなやかな姿態に、長い黒髪が似合う美人だ。その上に仕事の手は早く、花木は充分気に入っている。
そんなとわ美をアルバイトではなく、本採用してやりたいと本人に申し入れたことがあった。だが、「今のままの方が縛りがなくって、良いのですよ」とやんわりと断られた。
消えてしまった変若水とわ美、今思えば不思議な女性だった。無欲でガツガツせず、それはまるでふわりふわりと水中に身を浮かべ、時代が流転して行くままに生きてるようだった。
そしてもう一つ不可解なことがあった。働き始め三年になるが、容姿は最初に会った時と変わっていない。言い換えれば、歳を取らない、そのようにも見て取れるのだ。
そんな変若水とわ美は一体どこへ消えてしまったのだろうか?
他の会社へトラバーユしたのか? いや、花木は誠実に指導もしてきたし、充分満足しているはずだ。
それとも男と逃避行? だが彼女には男の影はなかった。
そして花木は思い出した。以前面談した時に、とわ美は言っていた。出身は北海道だと。「それで、故郷はどの辺りなの?」と聞き返すと、数字を並べた場所を教えてきた。その時さらに尋ねるのは失礼かと、花木はそれをメモっただけだった。今それを思い出し、手帳を繰った。そしてあったのだ。
『N43°23′0″ E143°58′6″』と。
だが今回は勘が働いた。彼女の失踪の真意はこの位置にあるのではと。それから地図で調べてみると、それは驚くことに北海道三大秘湖の一つ……オンネトー湖だった。
「えっ、ここが故郷ってこと? ひょっとして、そこへ帰郷したのか?」
花木には抑えようのない好奇心が芽生え、とにかく北の湖を訪ねてみることにした。
オンネトー湖は雌阿寒岳(めあかんだけ)の麓、その大自然の中に神秘に存在する。それはまるで森羅万象を凝集させたかのように神がかっている。
静かだ。花木はその湖畔に佇み、乳白色の霧に包まれた湖を眺めている。
こんな所が故郷って、これはとわ美の冗談かと思いながら、なぜか自分自身も懐かしい気分にもなっている。
そしてポケットから、赤い鉢巻き付きの石を取り出した。これはとわ美がデスクで文鎮代わりに使っていたものだ。それを湖に向かって放り投げた。静かな湖面に波紋が広がる。ただそれだけで、他に何も起こらなかった。もちろんとわ美にも会えず、花木は町へと戻って行った。
それから一週間経った頃だった。とわ美がふらりと現れたのだ。花木は腹が立ったが、反面なぜか嬉しい。
「なあ、とわ美さん、一体どうしたんだよ」
早速面談し問うてみた。しかし、狐につままれたような答えが返ってくる。
「花木課長、わざわざ湖まで来て頂いてありがとうございました。またこの縁結びの石を私に放ってもらって、ホント感激しましたわ」
花木は耳を疑った。そして恐る恐る訊く。
「オンネトー湖がやっぱり……出生地なの?」
それにとわ美は「そうですよ」と穏やかに返し、静かに語り続ける。
「変若水(おちみず)は若返ることができる水。それがオンネトー湖の底に湧いているの。私、三年に一度はそれを飲まないとね……歳取るでしょ」
「へえ、それが消えた理由だったんだね」
花木はなんとなくわかるような気がする。しかし、とわ美は今さら何よという表情で話す。
「忠蔵さん、思い出してください。五百年前、私たちは夫婦だったのよ。永久の愛を誓い、あの湖畔で暮らしてたのよ。だけどあなたは変若水を飲まず、お酒ばっかり飲んで、死んじゃったわ。だけど私はずっとそれを飲んで、年齢を保ってきたの。こうして、あなたの生まれ変わりを待っていたのよ。さあ、もう一度一緒に、北の暮らしに戻りましょう」
花木はもう言葉が出てこない。なぜなら走馬燈のように、あの頃二人で過ごした楽しい日々が蘇ってきたのだ。そして暫くの沈黙の後、それは弾みか、それとも何かに導かれたのか、今ある男の人生を自ら打ち砕いてしまう。
「君は確かに僕が初めて愛した永久美だったね。だから君のために、仕事と妻子を捨て、五百年前へと……不徳な回帰をしよう」
「イヤイライケレ」
変若水とわ美は不気味に微笑んだのだった。