1. トップページ
  2. 歓迎、万引き少年

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

1

歓迎、万引き少年

16/09/07 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1321

この作品を評価する

ながい人生を歩んできて、身も心も目に見えて衰えきった人のような印象を漂わせる、それは本屋だった。いままで潰れもしないで持ちこたえてきたことじたい、奇跡のようだった。
店頭に並べられた雑誌類、書棚に並ぶ本の数もしれたものだった。ひょっとして、美麗の女店主でもいて、鼻の下をのばした男客が彼女に気にいられようとせっせと足を運んでは、読みもしない本を買ってこの店の売り上げに貢献しているのではと、あらぬ妄想を抱くまでもなく、ここの女店主は家同様、相当老朽化していた。
私にしても、近所ということもあり、一般雑誌やちょっとした文庫本ぐらいなら手に入る気楽さから、たまに店をのぞくことがあった。駅前まで足をのばせば、大手の書店も何軒かあったが、何台もの防犯カメラに監視されながら書棚を探す窮屈さはいささか肩がこった。
その日は朝からどんより曇って、いまにもふってきそうな空模様だった。定期的に購入しているスポーツ雑誌の発売日とあって私は、その本屋『大友屋』に立ち寄ることにした。
ふと、ライトノベルが集められた書棚のまえにたつ、一人の少年の姿が目にとまった。ほかに客はなかった。レジは一番奥にあり、そこにいるはずの店主の姿は中央の書棚の影になってここからはみえない。
少年は、奥からみえないように、まるめた体で自分の手元を隠すようにしていた。その手には一冊の小型本がにぎられている。私がいやな予感をおぼえたやさき、本はズボンのポケットにすばやくすべりこんだ。万引き。それから十数秒間、私ははげしい葛藤と闘っていた。少年のところにかけつけて、いまの万引きをとがめ、店主につきだすべきかどうか迷った。しかしその葛藤も迷いも、実際にはなにもできない自分の言い訳であることは私自身一番よくわかっていた。
少年は、目的ははたしたとばかり、店先にむかってすすんできた。そのさいちらと私と目があった。その目がなぜか、私の不甲斐なさを笑っているように思えた。
少年が店を出て行ってから、私は奥のレジに歩みよっていった。
そこには白髪もまぶしい店主が、なにやら計算機にむかってうちこんでいる。こんな細々と商いをしている高齢者の店で、どうしてまた万引きなどやるのだ。そう思うと、いまになって私は強い怒りに全身がふるえた。こんどみつけたときは、四の五の言わずに警察にひっぱっていってやろう。いやだといったらそのときは、おもいきり横っ面を張り飛ばしてやるぞ。
そんな思いに私がとらわれているとき、店先がふいににぎやかになり、どやどやという足音とともに五、六人の客が入ってくるのがみえた。にわかに狭い店内は活気をおびだし、客たちは次々に書棚から本をぬいては買っていくのだった。こんなときもあるのだと、めったに目にしたことのない店内の光景を、めずらしそうに私はながめた。
それからというもの私は、これまでになく『大友屋』に足をはこぶようになった。あの万引き少年がきてないものかと、店内を探すのだが、いついってもそこは閑散として、一人の客の姿もみとめられなかった。またあのときのように、何人もの客が来店して、店が繁昌する様子もみたかったが、私がくるときはきまって、店は開店休業状態だったのだ。
見覚えのある少年の姿を店内にみつけたのは、そんなふうに、私が本屋に通いだして何日目かのことだった。あんのじょう少年は、奥にいる店主の気配をうかがいながら、万引きの機会をうかがっているようだった。
少年が前回同様、ズボンのポケットに文庫本をいれるのをたしかめてから、私はすぐさまかけよっていき、その腕をつかみ、むりやり本をつかんだ手をポケットからひっぱりだした。
「ご主人、万引きをつかまえました。常習のようです。すぐ警察に電話してください」
主人は、銀縁眼鏡のなかから、おどろいたようにこちらをみつめた。しかしその手は、電話にはのびなかった。
「いいんですよ。放してあげてください」
「何をいうのです。万引きは犯罪ですよ。こんな店から、本を盗むなんてもってのほかだ。さあ、はやく電話を」
「ですからいいんです。はやくその子を自由にしてください」
その強い調子に私は気圧され、少年をつかむ手から力を抜いた。そのすきに少年は、私の手をふりほどくやいなや、たちまち店の外にかけだしていった。。
「どうして警察をよばないのです。万引きされて、腹がたたないのですか」
「腹がたつのは、あなたの方ですわ」
「え」
「だって、あなたが店にきた日は、きまって客足がとおのいて一日中閑古鳥が鳴いてばかりだけど、あの子がきたときは、ほら―――」
急に店のなかに、大勢の客たちが入ってきた。それからも客足は途切れることなくつづき、レジをこなす店主はてんてこまいの忙しさになり、いつまでもぼさっとたちつくしている私はとうとう、そこじゃまだからと追い払われてしまった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン