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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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柱妖ちゅうよう――黒い視線

16/09/03 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:7件 クナリ 閲覧数:2022

時空モノガタリからの選評

 その闇は一体何だったのでしょうか———。淡々とした描写の中に何かが起こりそうな湿り気を帯びた空気が冒頭から漂っていて、怖いもの見たさでどんどん読み進めてしまいます。特筆すべきなのは、本屋という空間が実にうまく生かされていることですね。郵便箱代わりの本、空洞の柱、穿たれた穴が効果的な舞台装置のように配される中、最小限の説明と描写によって効果的に怖さが生まれていると思います。
 この主人公程ではないにせよ、誰しも覗き見的な好奇心を多少は持っているものかもしれませんが、週刊誌やネットなども、こちら側の姿が見えないからこそ安心して見ていられるのでしょう。その安全なはずの領域が侵されていくことは、妙に後ろめたい怖さがありますね。そういう意味では、これは誰にでも起こり得るような身近な恐怖でもあるのかもしれません。
 また安易なオチをつけないのがかえって不気味で良いですね。ホラーは単に猟奇的であるものよりも、精神的な恐怖を感じさせるものの方が、やはり後を引きますね。「黒」は主人公の内に沈殿する暗部でもあるのではないか、などと考えてみたくもなりますが、ゴチャゴチャ解釈せずにそのまま受け取った方が、ホラーとしての面白さが生かされるのでしょう。不思議と読後感がさほど悪くないのも面白いと思いました。

時空モノガタリK

この作品を評価する

 近年、日本国もようよう大戦の痛手から復興せんという世相である。
 一軒の古本屋が、私の住まいであった。二階建てで、一階を丸ごと店舗にしてある。
 その店の中央には、四角く野太い柱が突き立っている。実は中が空洞で、柱の一片にある扉(そうとは見えぬよう細工してある)を開けると、大人一人くらいは中に立っておれる空間がある。
 元は万引きを見張るために設けた――酔狂としか言えぬのだが――ものだが、いつしかこの柱の中から、いくつか空けた穴を通して、店内の四方を見張るのが私の何よりの楽しみになった。
 見られているなどとは存ぜぬ客達は、実に興味深い様子を見せてくれた。荒くれ者然とした男が花袋の『布団』をめくれば、香水臭い淑女がこっそり卑猥な男体図を覗き込む。
 雇われの女中が、店長ォ店長ォと声をあげても、出ては行かぬ。
 目元に穴の跡がつくほど、私はこの覗きに夢中になって行った。

 さて、そうしている中、ある二人の常連客が目に付いた。
 一人は初老の男性で、枯葉色のコートにハットを目深に被り、始終顔が暗い。
 もう一人は、顔立ちのあどけない女だった。先の男とは対照的に、どうにも浮き浮きした気持ちの隠せぬ様子でいた。
 この二人、それぞれの来店の度に、同じ本――ろくに売れぬある文庫――を手に取っていた。男が来てこの文庫をつまみ、棚に戻し、帰って行く。数時間経つと今度は女の方が来て、必ず男が戻した本を手に取る。二人の順番が逆のこともある。
 二人がおらぬ時間に見てみると、本は一山いくらの戯作である。
 更に何日か観察を続けると、どうやらこの二人、本の中に代わる代わる紙片を挟んでいのが分かった。
 これは、手紙のやり取りではないか。
 つまり二人は世を忍ぶ仲であり、売れなさそうな駄本を郵便箱代わりにしているのである。

 二人のうちどちらかが来店すると、私は仕事を放り出して柱の中にこっそり潜み、彼らのやり取りを見守った。
 しかしどうも男の方はどこか後ろめたそうで、日々足取りが重くなって行く。
 対して女の方は、頬を桜色に染めながら紙を本に挟む。私は様々な想像をしては、二人の背景を勘繰った。

 ある日、私は紙片の中身を盗み見ることに決めた。
 禁断の二人の、第三者に覗かれることなど露とも思っておらぬ文面を暴いてみたいという欲求に、最早抗することができなかった。
 次に男が訪れた日、私は彼の退店の後の夕刻に、本から紙片をつまみ出した。
 暗い黄土色の黄昏の中、紙片を開いたその時、店の戸の方から気配がした。私はつい慌てて、すぐ脇にあった例の柱の中へ飛び込んでしまった。
 入って来たのは、あの女だった。
 しかし、いつもと様子が違った。
 深くうつむけた顔が、長い髪で隠れている。足を引きずるように歩いて、生彩がない。
 女は、いつもの本棚の前で止まった。
 店の中の夕闇が濃くなった。
 女がゆっくりと、私の方に体を向けた。
 言い知れぬ気味悪さに、柱の中で、私の身は総毛だった。
 女が頭をもたげた。それまで頭頂部しか見えていなかった女の、双眸がこちらを見据える。
 黒い。
 目鼻は陰になって見えぬ。ただ、目だけがどこまでも黒い。
 喉が引きつけを起こし、冷汗が噴き出した。
 これが本当にあの女なのか。
 女中はどうした。他の客は。物音ひとつしない。黄昏のどろりとした薄明かりの中に女の姿だけが浮かんでいる。
 そして巧妙に隠したはずの穴を通して、女の黒い視線はまっすぐに私の眼球を捉えていた。
 女がこちらへ歩き出した。その両目が、穴のすぐ間近に迫り、そのまま穴に押しつけられた黒色が、穴から押し出されて、柱の中へ侵入して来た。
 しかし私は、穴から目が離せなかった。全身が震え、私の目と体が、漆のような黒色に飲み込まれるのに、身動きできなかった。
 その格好のまま、私は絶叫した。

 気がついたのは、柱の中でくず折れた私の耳に、女中が店長ォ店長ォと呼ぶ声が聞こえたからである。
 柱の外は、正常な世界に戻っていた。女中が電灯も点けている。
 手の中の紙片を見る。汗と握力でぼろぼろになり、とても読めはしなかった。

 隣町で、父親と姦通していた娘が、父の留守中に母親に刺し殺されたという報を聞いたのは、翌日のことである。
 あの時刻には、既に娘は死んでいた。
 私が見たものは何だったのか。
 あまりに情念を込めて覗いていたせいで、柱の穴に魔でも宿ったのだろうか。

 あれから、柱の戸は塞いだ。
 ただ失敗したのは、柱の中の空洞を埋めずに、戸だけを塞いだことである。そして、紙屑となった紙片を柱の中へ放って来たことである。

 夕闇が訪れる度、読めぬ程に傷んだ手紙を為す術なく見降ろす黒い女の影を、……
 ――私の目に、僅かに残った魔が、今も映し出すのだ。


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このストーリーに関するコメント

16/09/03 クナリ

タイトルは『柱妖(ちゅうよう)――黒い視線』にするつもりだったのですが、()が消えてしまったのでとても変になりました。
どうもすみません。

16/09/03 日向 葵

クナリ様
拝読させて頂きました。
序盤の文通からは想像の付かないラストに驚きました。
また、様々な対比が文中に潜在しているのがとても印象的でした。
人の間を隠れて覗く第三者視点の臨場感を楽しませて頂きました。

16/09/06 クナリ

日向葵さん>
自分はホラーを書くのが好きなのですが、どちらかというと怖いというよりも気持ち悪いものの方が得意なようで、今回もこんな話になりました(^^;)。
隠れてなにかを覗き見る話って多分たくさんあると思うんですけど、そうした作品の持つ毒々しい迫力が出せたらいいと思います。

16/09/06 待井小雨

拝読いたしました。
恩なの目が迫り来る描写が鬼気迫る

16/09/06 待井小雨

拝読いたしました。
女の目が迫り来る描写がとても恐ろしく、ホラーならではの薄気味の悪さを感じました。
ねっとりとした恐怖を楽しませて頂きました。

16/09/08 黒谷丹鵺

拝読いたしました。
覗き見に夢中な店主の好奇心が、身も凍るような恐怖体験を招いてしまうという展開が面白く、とても2000字足らずとは思えない濃密な作品と感じました。
男と女がどんな手紙を交わしていたか、その内容が明らかにならないままなのがいいですね。想像……いえ妄想をたくましくさせられます。

16/09/10 クナリ

待井小雨さん>
ぐわー!よりは、じわじわ〜……を好むので、よくこんな感じの作風になります( ^^;)。
ホラーを楽しんでいただけたら嬉しいです。
コメント、ありがとうございました!

黒谷丹鵺さん>
変わった趣味の持ち主とかで、世界観の中心を作りそうなキャラクタがその優位を失って危機に会う……というのが好きなのです!
能力が足を引っ張るというか(能力じゃないだろ)。
もう少し字数が用意できれば手紙の中身も……と思ったのですが、何を書いても「なーんだ」となりそうでもあります(^^;)。
コメント、ありがとうございました!

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