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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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目が覚めて、バター・ナイフをくるむ銀紙を

16/08/30 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:6件 クナリ 閲覧数:1414

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 ある秋の水曜日ことだ。僕は大学を自主休講にして、本屋に行った。
 平積みされていた新作を、一冊を手にとる。人気の女性作家の新作だった。顔立ちが可愛らしく、僕もテレビで見たことがある。
 内容は、繊細な女性主人公が人生を切り開いていく、重厚なラブストーリーのようだった。ぱらぱらとページをめくって行くと、重要な脇役として、ある男性キャラクタが登場した。
 そのキャラクタは、同性愛者だった。この作家の作品は、必ずと言っていいほど男性の同性愛者が登場することで有名だった。

 僕もこの人の本は何作か読んだことがある。どれも多感な主人公に共感できる、良作揃いだった。
 けれど、同性愛者の描写で、どの作品でも、僕の熱は必ず冷めた。
 きっと、作者はかなり取材を重ねているのだろう。登場人物について、考えに考え抜いてから生み出し、作品に息づかせたのだろう。
 達観した意見で主人公を導いたり、あるいは未熟で鮮烈な感情を激しく吐露したり。誰もワンパターンではなく、それぞれに歴史と生活を感じる、リアルな登場人物達だった。そのうちの全員に対して好感が持てた。
 それが、無性に悔しかった。

 耳元で、暗い声がささやく。
 ――お前が、うんざりするほど残っている寿命の中で
 ――しかも、老いれば老いるほど心を追い詰めていくであろう性の問題は
 ――女である限り絶対にその問題自体を体感することはできないはずの、この小説家だか何だかが
 ――一生懸命取材して、頑張って考えた登場人物が、その作り物の人生の一部を切り取って語られたなら
 ――すっかり、表現できてしまう程度のものなのだ――……
 自分でも気づかないうちに、歯ぎしりしていた。
 僕は自身の性嗜好を、障害だとも、異常だとも思っていない。まして、アイデンティティにするつもりはない。だから、そんなことでいら立つ必要はないはずだ。
 けれど、益体もない不快感は湧き出して止まらない。
 この作家の本は、ほぼ必ず売れる。そして、多くの読者の心を掴む。
 好感の持てる同性愛者のキャラクタにより、同性愛は「理解」され、その理解は社会の中で全体化し、人々に刷り込まれて「常識」となり、世の中は少しずつ寛容になる。
 そして人々は、同性愛者の愛すべき人物像を心に抱く。その像を慈しみ、自分達は、同性愛者に共感や親しみを持つことができるのだと確信する。
 しかし。
 僕は大抵の場合、そうした「人々から愛される同性愛者像」からこぼれ落ちるだろう。僕は小説の登場人物と違い、真摯でも繊細でも、情熱的でもない、ただのひねくれた男だ。
 同性愛者にも優しくできるはずの自分達が、どうしても好感を持てない同性愛者のことを見る時、人々はどんな目をするのか。「分かっている人間」であるはずの自分達が「分からない奴」を、どんな顔で見るのか。僕は嫌というほど味わって来た。
 それは言わば、「裏切り者を見る顔」だろう。控え目に言えば、だが。

 ひどい被害妄想だ、本屋なんか来るんじゃなかった、と顔を上げた時、
「その本、つまらないですよ」
と声をかけられた。相手を見て、驚いた。初めて会う女の人だった。
「……売れているみたいですけど」
「あなたにはつまらないだろうなってことです。だからそんな風に握りしめて汗染みでもできたら、買い取りになって損をしますよ」
 僕は慌ててハンカチを取り出し、本の表紙をぬぐった。でも、また平積みに戻す気にはなれなかった。
「これ、買います」
「どうも」
「なぜ、僕に声を?」
「謝らなくちゃいけないと思って。あなた達を傷つけるつもりで書いているわけではないので」
「なぜ、……僕がそうだと」
 女性は困ったように笑う。
「ああいう顔して私の本を見る人、大抵そうだから」
 どんな顔をしていたのだろう、と一気に赤面した。
「すみません。僕は、今、凄く失礼なことを考えていて。でも」
「いいんです。私、頑張りますね」
 そう言って彼女は、本屋から出て行った。
 驚きと衝撃で、僕の足はさっきからずっと金縛りになっていた。
 小説の表紙をめくると、今目の前にあった顔が著者近影欄に貼りつけられている。
 僕だって、あなたを傷つけたくなんかない。誤解しないで下さい。僕はあなたのせいで傷ついてなんかいない。
 そう叫びたかった。
 でも、今追って行ったって、上手く伝えられる気がしなかった。

 僕は表紙を閉じて、レジへ向かった。
 奥付の出版社へ手紙を送れば、読んでもらえるかもしれないと思った。
 悪意も、優しさも、ほとんどの場合不意打ちだから参る。どう対応しようと、必ず後悔するのだから。
 特に、僕のような人間にとっては、後者が困るのだった。

 鼻の奥が痛かった。
 会計を済ませながら、やっぱり、今すぐに追いかけてみようと思った。


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このストーリーに関するコメント

16/09/08 冬垣ひなた

クナリさん、拝読しました。

フィクションと事実の齟齬というのもよく聞かれる話ですね。性的嗜好と人間的な優しさは本来違う所にあると私は思います。完全に理解できないだろう事に、完璧な人物像を作り上げ、さらに世の中を動かしてゆく……。それも承知の上で書かなくてはならない小説家の心情が、主人公と少しでも触れ合うことを願います。

16/09/10 クナリ

冬垣ひなたさん>
しったようなことを書いてしまっていますが(^^;)、職業作家様の悩みというのは、何をするにせよ付きまといそうですよね。
書きたいものがあるからこそ、そのために損なってしまうものやあえて書かないものも出てきてしまいそうで。
読む側の意識というのも、それぞれに悩ましいものです。。。

16/10/09 クナリ

海月漂さん>
個人的には、作者=作品の向こう側にいる人のことはあまり意識しない方が色んな意味でいいと思っているのですが、メッセージ性が強烈すぎたり、同じカラーの作品を同じ方が何度も発表されているとどうしても気になってしまうということはある、と思います。
商業作品、それも人気作の作り手というのはきっととても多様で、個人の中でも揺れ動くものでしょうから、自分などが何を言えるわけでもないんですけどね。
今作は、読み手の辛さがイレギュラーな形で救われるものが書きたくて、この人たちを登場人物に選んだのでしたッ。

16/10/20 光石七

前半の主人公の苛立ち・不快感がリアルで、ギシギシと胸に迫ってきました。
でも、出会った女性も主人公も優しいですね。自然と目が潤み、こちらまで救われたような、応援したくなるような、そんな気持ちになりました。

“悪意も、優しさも、ほとんどの場合不意打ちだから参る”、本当にそうですね。
素敵なお話をありがとうございます!

16/10/21 クナリ

光石七さん>
ありがとうございます!
ほとんど登場人物に動きがなく、心中の描写のみで進んでいくという地味な作品で、内容もナイーブというか知ったような感じで書かれているものなので、評価をいただけて嬉しいです。
悩みって、突き詰めれば突き詰めるほど個人的な問題に終始してしまうことが多い気がして、難しいですよね…。
そして、優しさのかたちも……。

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